第2話 飛行機にのって、とんでゆく
そういうやりとりが三日前。
出発の日は告げていたが、なかなか現れずやきもきしていたら、出発の当日にげっそりとした六角があずき色の袋を持ってやってきた。
「これを一日一回食べさせてください。そうすれば猫さんのなかの呪いを抑えられますよ」
「けそってしてませんか」
「私らの霊力をちょっとずついれて作ったので、今、四国中の狸も狐も霊力不足でこんな有様ですよ」
ふふっと六角が笑うが、それは大変なことだったのではないのかと不安になったし、かなりの大規模なことをしていたようだ。
「総大将ははりきりすぎて腰にきたというので、松山城でお休み中です」
「はぁ」
「玉はみんなで七つ作りましたから、これで一週間は持つでしょう。ぜひ猫さんと楽しんでくださいな」
「……」
ちらりと政は六角を見上げる。
ん、と六角が小首をかしげたのに、手を伸ばしてその頭に触れる。ふわふわの毛が今はぱちついている。きっと他の狸たちも同じ状態なんだろう。撫でていると、六角が顔を寄せてきたのに、まるで猫のようだと思っていたが
「……政さん、ちょいと恥ずかしいですわ、これは」
「え」
「いえ、私はいいんですが、いいんですがね。こうやって撫でてくださるのは、その、今度二人きりのときに」
焦るように照れている六角に、政はきょとんとした。もしかして狸なのに、猫だと思ったから恥ずかしがっているのか。確かに、自分よりも何千年も生きているバケモノにたいしてやや礼儀知らずだったか。
「すいません」
「いえ。政さんなら別に、むしろ、そんな風にされるのは嬉しいのですが、なんというか……それでしたら、本来の姿のほうが」
ぼそぼそと六角がいつもと違い歯切れ悪い言い方をする。やはり疲れているのか。
「本体というとあの大きな狸」
「一度、見られましたね」
「もふもふでしたね」
「……なんだか政さんには叶わないなぁ。まぁ、いいですわ。とにかくお届けしましたよ。あなたたちが楽しんできたら私たちも嬉しいです」
笑顔の六角に政は袋を受け取って頷いた。
「はい。出来るだけ早く帰ります」
「ぷぷ。こういうときは出来るだけ楽しんで帰ってきます、ですよ」
そんな風に言われて政は思い直して、頷いた。
「とても楽しんできます」
「はい。思い出話、楽しみにしてます」
そう約束を六角と交わしたあと、政は荷物を詰めることにした。とはいえ、もともとボストンバック一つできた身なのでたいして運ぶものはない。いや、今度はマンションを引き払うので、あれこれと大変かと思っていると、居間で猫がうーんうーんと唸っている。
「なにしてるんですか、そろそろ行きますよ?」
「あ、は、はい。けど、その……どっちがかわいいですか?」
「はい?」
差し出されたかんざしを見て政は目をぱちぱちさせた。
「どっちもかわいいです」
「政さんっ!」
猫が声を荒らげた。
「だって、どっちもかわいいですし、似合いますよ? というか、なんで、そんなもので迷ってるんですか」
「政さんのお父さんたちに会うんですよ? ちゃんときれいにしなきゃ」
「会いませんよ」
「えっ」
「わざわざ会う必要がないので、こちらは独立してますし」
「え、え、え」
猫がぷるぷるしている。
どうして、そんなショックを受けた顔をするんだ。
「政さんっ、せっかく戻るのにご両親に会わないんですか?」
「必要性を感じません。ほら、いきますよ」
がしっと猫を横に抱えて政は歩き出す。
あぎゃあーと猫が悲鳴をあげた。本当に朝からうるさい。
東京までは飛行機で行く予定だ。
時間が限られているし、出来るだけ素早く用事を片付けて愛媛に戻るつもりだったからだ。急ぎでチケットをとったせいで割高だったし、席は選べなかったが、仕方ないと割り切っている。
松山の飛行機乗り場は駐車場は広いが、東京と違い、ごみごみしてないし、入口が多すぎて迷うということもない。おかげでぎりぎりで到着してもすぐに乗り込むことができた。
今回はチケットは一枚だけ、猫は見えないのでいいだろうと判断したのだ。
荷物と一緒に渡しそうになったので、慌てて肩にへばりついてもらう。
家を出る前のやりとりに不服そうな猫はむすっとしたままだ。まったく。
それでもゲートをくぐるときは、さずかに緊張した。
呪いは果たしてひっかかるのだろうか。
足を踏み入れると、ぶーと鳴った。
嘘だろう。反応するのか。
「お客様、腕時計がひっかかったようです」
やんわりと窘められて、政はあと声を漏らして慌てて腕時計を外して、今度はポケットに小銭もないことをきっちりと確認して再びゲートをくくる。今度はならなかった。ほっと政と猫は息を吐いた。第一関門は突破し、なかに乗り込み、席につく。だいたい平日は旅行者よりも仕事がらみも人間が多い。
窓辺の席をとれたのはよかったと思う。
じっと外を見ていると、アナウンスとともに動き出す。
重力のかかる不愉快さとともに猫がもし消えたらという不安がずっと頭のなかについてまわった。
もらった薬は飲んだが――ちらりと横を見る。猫も不安そうに震えている。手を伸ばして、ふにふにの肉球のついた前足をぎゅっと握りしめた。猫がはっとした顔をして見つめてきた。
声を出したらたぶん、周りに変に思われる。だから
「だいじょうぶですよ」
口だけ動かして伝えると、猫がふふっと笑った。
先まで機嫌が悪そうだったのが嘘みたいに、すぐに笑う。そのころころと変わる表情にひどく癒される自分がいた。
飛行機がぐんぐん上へとのぼり、雲と並ぶ。
それを見たとき政はぎくりとした。
平気だと思っているが猫は――ちゃんと横にいる。緊張しすぎたのか欠伸をしている始末だ。ここまででもう疲れてしまい、空の上だということにはしゃぐ元気もないらしい。
「寝ててください」
そういうと、ふあい欠伸と甘い声とともに猫が政の膝の上で眠りについた。
たかだか数時間ほどの空の旅だが、それでもちゃんと進むことができた。それが政には嬉しかった。
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