間章 夏へと向けて

第五話・縁切りはおにぎりで

第1話 大騒ぎ大騒ぎ

「東京に帰るので協力してほしいんですが」

「いやじゃああああああ」

 刑部狸の悲鳴が轟き、政はなんともいたたまれない顔をした。

 予想していたが、愛媛でも神とまでいわれるバケモノが足にしがみついて泣いてくるのは、こう、い心地のよいものではない。

 会いたいのでアポをとった相手は六角一人のはず。

 しかし彼の店へと赴くと、当然のように刑部狸がいて、入り口からべったりされてしまった。

 そして、店の奥の居間で東京の戻るといえばこれである。困った。ものすごく困った。

「総大将、政さんが困ってますよ」

「だって、だって、政くんがわしを置いて東京なんぞいってしまうんぞぉ」

「もともと俺は東京出身なんですが」

「こっちに永住すればええんぞーーー」

「はい。そのつもりなので、一度帰らないといけないんです」

 政の言葉に刑部狸と六角は動きを止めて、目を点にして政を見ている。

「本気か」

「嘘はなしですよ、政さん」

 二匹にがしっと肩をつかまれて問われた政は神妙な顔で頷いた。

「しかし、仕事はどうするんじゃ」

「実は、今回リモートワークでもある程度仕事はできるということで、何か月かに一回は東京に行くことを条件に今の雇用でいいと言われました。こちらにも実は会社があるので、そちらの所属となるそうです」

「お、おおお」

 刑部狸が感動の声を漏らし、ぷるぷると震えている。

「政くんがとうとう、ここに」

「政さん、本当にいいんですか、故郷を捨ててこっちにくるなんて」

「猫のことがありますから」

 政は気遣う六角に苦笑いを零して返した。

 白様のことを見ていてはっきりと理解した。そのときにできることをきちんとしなければずっと後悔に囚われることになる。自分は猫を自由にしたい、呪いから解放したい。だから少しばかりわがままになろうと決めた。

 会社にも辞表を出すつもりで相談したら、リモートでもいいというし、こっちの支部の手伝いをしてほしいというのでさくさくと話しがついたのは幸運が重なったといってもいい。

 ただ諸々の手続きやら残しているマンションをどうするか決めるためにも一度は東京に戻る必要がある。

 出来るだけ用事をはやく終わらせて帰ろうかと思うのだが、その間、猫と離れてしまうのでどうしようかと悩み、相談にきたのだ。

「俺がいない間、猫は独りぼっちになるので、出来たら会いに来てあげてほしいんですが」

「なんぞ、連れていかんのか」

「連れていけるのでしたら連れていきたいですが」

 離れれば味覚を失うことになる政は言いよどむ。それ以外にも家で独りぼっちになってしまう猫が心細い思いをしないかと不安はある。

 名を与える本契約を交わしていない政と猫では愛媛を出れば、どうしても呪いの強さに負けて猫は家に強制的に連れ戻されることになる。

 一応、どうなるかわからないので実験をしたが、県を超えた瞬間どれだけしっかりと手をつないでいても、猫の姿を消してしまった。そして確認すると家のなかにいた。

 強制力というものをありありと知った以上、抗うすべはない。

「うーーん、じゃあ、連れていけばいいんじゃないかえ」

「だから連れていけないんです」

 猫と離れている間の憂鬱を噛みしめて政が言い返すと、

「わし、神ぞ?」

「私は伝説が残るバケモノですよ?」

 刑部狸と六角がにこりと笑う。

「けど、二人ともできないって」

「呪いをとくのは無理じゃが、一時だけ呪いの強制力を鎮めるくらいはできるぞい」

「総大将おひとりできついと思うので、私たち、みなが協力すればいけるのではないでしょうか?」

「そうじゃあなぁ、みんなでやれば」

「その話、のったーー」

 すぱーんと戸を開けて声が響く。

 振り返ると、白様とお紅がいた。

「ちょっと蕎麦食べに来たら、政くんいるっていうから挨拶にきたのよ。ちょっと、ジジイ、その話、私も一枚噛むわよぉ!」

「なんぞ、性悪狐めが、政くんに何をするつもりぞ」

「そっちこそ」

 ずかずかと無遠慮に白様が中に入ってくると、政の横に当然のように腰掛けてきた。

「呪いには神の力がよく効くのよ。私も、その呪いの効果を鎮めるの、手伝ってあげる。みんなでやったら一週間ぐらいはなんとかなるんじゃないの?」

「むーー。政くんに感謝されてなでなでされるのはわしぞ」

「総大将、欲望がただもれですよ」

 と六角がたしなめた。

「みなさん、いいんですか? とても大変なんじゃ」

「政くんのためじゃし」

「政さんが喜んでくれるなら」

「前の貸しを返したいのよ」

 ぺちっと白様に額をデコピンされた政は痛みにうっと声を漏らして、苦笑いした。

「では、お願いします」

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