第12話 とっても幸せな食事をした
「ちっちゃいわね」
「ひゃあう」
お紅が狸に戻ってしまった。幸い、スープジャーもおにぎりも、白様がキャッチして無事だ。
「あ、あ、あ」
ふるふると震えるお紅に白様は首を傾げた。
「あんた、まだ化けられないのね。ほんと、だめな子ね」
優しい意地悪な言葉にお紅は見惚れるように動きを止めて、くしゃりと俯いた。
「はい。私、だめな狸です」
「やだ、もう落ち込まないのよ。からかってるんだら、ほら、食べましょう、あら、これ……卵がはいってる」
「白様が好きだといいました」
「そう、そうね。あんたに作ってあげたし、あの人にも作ってあげた」
昔を懐かしむように白様は口にしてすする。とても大切な命を受け取ったように、丁寧に、大切そうに。
「妻を亡くして、落ち込んでるあの男を慰めてやりたかったのよ。私のこと助けてくれたからね……けど、人にとっては命の終わりを受け入れることこそが摂理の道理、私は余計なことをして苦しめて、泣かせてしまった」
「白様」
お紅が苦しげに白様の足に縋りつく。
「ごめんなさい、白様は完璧に化けられるのに、私があんまり会いに行ったから」
「それは違うわよ。もともとばれていたのよ。きっと、だまされていいと思ったけど、だんだんとつらくなったのよ、あの男が……死んでしまった大切な人が生きているようにふるまってくるのが」
優しく伸びた手がお紅の頭をなでる。
「ほんと、優しくするって難しい」
「はい」
「あんたはもう気にしなくていいのよ」
「……私、私は白様が好きです。ずっとずっと好きです。白様を慕っているというだけでいろんな人に迷惑をかけてしまいました。白様も傷つけました、そんな私でも許してくれるんですか?」
「迷惑かけた者たちはなんだって言ったの」
とっくに答えはわかっているはずなのに、白様は優しく尋ねる。
「……一緒に、白様に謝る方法を考えてくれました。白様が解放されるようにって……私、はじめてお料理しました。白様が私に作ってくれたように、へたっぴだけど、白様のことをいっぱい考えて、思い出したんです。白様と食べたごはんのこと」
胸に手をあて、幸せそうに口に語るお紅を見て白様がふにゃりと笑った。子供みたいな無邪気に。
そのあと、顔をあげと、優しく手招かれる。
「幸せを少しだけわけてあげるよわよ。あんたたち」
政たちはふらふらと近づいて、差し出されたそれを味わう。いつの間にか子狐たちも楽しそうにおにぎりにかぶりついている。
形のまばらだけど、塩のきいたおにぎり。
優しい甘味のある卵のはいった味噌汁を。
食事を終えたあと白様と敷地のなかを歩く。畑が多く、心が和む静けさのなかで
「今回は世話になったわね。あの子も自由になった。私も過去からちょっと一歩進めた気がするわ」
「それはよかったです」
「だからいいことを教えるわ。呪いっていうのはね、結局のところは呪っている側の強い執着や気持ちなのよ。それ呪いの母体はずっと背負わされて、ただ呪うしかできないの。あの猫ちやんは、それを出来ないように憑き物という形をアンタの祖がやったのね。あれはえらい力だわ」
「そう、なんですか?」
「これでも神に仕えてる身だもの。わかるわ。ひどく深い怒りと悲しみだって……あんなものを憑き物筋なんて形を変えさせるだけでも、えらい対価を支払いっただろうし、普通は出来ないことよ」
政は一瞬虚を突かれたように口ごもった。
確かに、神の呪いだという猫を、その力が強いから十代先の契約とするなどといろいろな厄介ごとを未来に残した祖先だが、思えば行ったことは大変な御業のはずだ。
神の呪いの形を変えさせ、我が一族で受け取る。
今更だが自分は自分のルーツも知らない。
どうしてそんなことをしたのか、しなくてはいけなかったのか。
「たぶん、あんたの祖先はあの子を救うためにいろんな禁忌を犯し、対価を支払ったことでしょう。アンタの性格、嘘をつけないとかの制約もそのせいよ」
「どういう意味ですか」
「人ひとりの払える対価はたかが知れてる。だからアンタの祖先は自分の一族にも対価の支払いをさせてるんじゃないかって思うのよ。たとえばアンタが嘘をつけないとか、小さな不幸ごととか、そういうのが全部、あの憑き物である猫をこの世に呪いではない形でとどめるために支払っている対価なのよ」
政は一瞬、拳を握りしめた。
また、そうやって人の人生を勝手に――怒りは一瞬で落ち着いた。
嘘をつけないためにいろいろと苦労したがおかげで自分のことを信頼してくれる仲間がいる。彼らはなんだかんだいって助けてくれている。
不幸事はいっぱいあった。それをすべて猫とのことと思う気はない。自分の努力不足もあるのだ。
「怒らないの?」
「腹は立ちますが、自分の身に降りかかったすべて他人のせいにするのはよくないと思うので、それに……おかげで猫に会えました」
「あらやだいい男の発言」
白様がけらけらと笑ったあと真顔になって続ける。
「呪いを解く方法はいくつかあるわ。その怒りや憎しみが時間をかけて消えてしまうこと。薄れているけど、あの猫の呪いはたぶんそういうのでは解けないと思うの。だから一生懸命、傍にいて考えてあげなさい」
「白様」
「離れてはだめ、諦めてはだめ。考えて、一生懸命に、いっぱい……今回のことで私も借りができたわ。私なりに、あんたたちに協力する。考えてあげる。呪いをどうすればいいのか」
白様の手が政の手をとって重なった。優しくあたたかい。
「お紅も、考えるといってくれたわ。私たちはあんたたちの味方よ、だから諦めないで。答えがすぐに見つからなくても」
「……ありがとうございます」
白様が微笑んでくれたのに、強い風が吹いた。
ほっと息が零れ落ちるほどの優しく、木々の濃い匂いがする。
そこに三太たちの呼ぶ声がする。
政は決めた。
このあとの身の振り方を。
諦めないためにも。
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