第2話 ごはんを食べて会いに行く

「とにかくさ、ごはんにしない? おなか減った」

 と三太が言いながら当たり前みたいに雨戸から家のなかにはいってくる。

 三太がやってくるのはだいたいたかりたいためだ。

 朝、昼、晩ときっちり、ごはんが出る時間帯にやってくる。

 本日食卓に並ぶのは白飯に塩昆布をのせ、白菜と人参を細かく切った漬物、菜の花の肉巻き、松山あげと豆腐の味噌汁だ。

 行き倒れていたたぬきは、それ見た瞬間に生き返った。

「いや、うまい、うまいわ、奥さん、料理うまいねぇ~~」

 たぬきが座布団に座ってごはんを食べている。しかも箸を使い、世辞まで口にしている。

 この光景、なんとなく慣れたなぁと政は冷めた目で見つめた。

 なんせ、ここにきた当初には二足歩行の黒猫だ。今はたぬきもくわわった。

「いやだわぁ、ふふ、褒められちゃった」

「猫、毛が緩んでますよ。この浮気者の猫畜生め」

「はう、政さん、口悪いです」

「仲良しだよねぇ二人とも。あ、もう春だから、苦いのばっかりだぁ」

 いつものやりとりをする二人を完全にスルーして三太が嬉しそうに肉巻きを食べているのに、政は一瞬意味がわからず、きょとんとした。

 そっと箸で肉巻きをつまんで、食べた。

 あっと声が漏れた。

 甘辛たれで味付けしているが、確かにほのかに苦い。豚肉はかりかりに焼けているのに、ほんのりと、わさびをつけたようなぴりりとした苦味に食が進む。

「はぁ、この松山あげ、うまい、うまいっすわ」

 たぬきが器用に両手で茶碗をもって味噌汁をごくごく飲んでいる。

「松山あげ? これがですか?」

 あげを箸でつまんで政が眉を寄せる。

「それそれ。松山が作ってるやつってこと。たぶん他ではないよ? まぁ、ただのあぶらあげだけどさ」

 三太もほくほく顔で味噌汁を啜る。

 うむと政は小さく相槌をうって松山あげをぱくついた。しっとりとした揚げの食感が強い。

 食べるときは基本はしゃべらない――それが両親に受けた躾だ。だから食べているときはあまりしゃべろうと思わないが、狸は別にしても、三太は気にしないタチらしく、

「これ、おいしいよね。こっちは苦いや」

 とずっと感想を口にしている。

 見ると感想を聞けた猫が嬉しそうににこにこしている。

 これは、些細なことでも感想を口にしたほうが喜ぶのだろうかと政は焦った。今まで食事の感想なんてうまい以外口にしたことがほとんどない。

「政さん、どうしました。口にあいませんか?」

 味噌汁を睨みつける政に猫が気遣わげに視線を向けてくる。

「いえ……この味噌汁」

「はい」

「甘いですね」

「えっと、白だし使っているので」

「白だし?」

「甘いやつですね。おいしいですか」

「はい」

 政が頷くかたわらで呆れた顔のたぬき――獣なのに、とても器用に表情を作っている――とにやにや笑いの三太が

「なんやの、あれ」

「褒めてるんじゃない? 不器用なりに。政さん、がんばるなぁ」

「なんなん、この男、あかん。愛想尽かされて捨てられるんちゃうん? ひゃあ、ちょっと睨まんといてやー。嘘はつけんタチなんですー、旦那はんっ」

 口の減らぬたぬきを思いっきり睨む政に三太が我慢出来ずに笑い転げた。

「この狸、三味線にしちゃう?」

「それは猫でしょう。浮気をしたら三味線にしますが」

「あにゃあー! 私、なにもしてません、してませんよ。なのに、やめてくださいよ~」

 猫が悲鳴をあげて怯えるのに政はしれっと味噌汁を啜った。

 満腹になって少しばかり落ち着いたらしいたぬきは、食事が終わると姿勢を正した。

「えらい大変なとき、救っていただいてありがとうございます。自分、いつかお礼はしますんで、このままいかせてもらえてええやろか」

「行くってどこへ」

「六角様に会いに」

「ああ、六さんに?」

「知ってるんですかっ!」

 ぴこぴこと狸の耳が激しく動いている。感情が耳に出るらしい。

「うん。だって、ここらへんの顔役だもんね。どこから来たの? お前さ、ここらのじゃないでしょう」

「……久万高から」

「あっちの方向かー。だいたいなんかあると、六さんたちのところに来るもんね……それはそうと、化けれないの?」

「……ええでしょう、そんなこと」

 たぬきがむすっとした顔で言い返し、しきりに尻尾をかいている。

「だったら歩いてきたの? うっわー、大変だったでしょ」

「おかげさまで死にかけましたがなぁ」

 たぬきと三太が当たり前みたいに話している不思議な光景に政はどこからつっこむべきかと迷っていると、三太が唐突に視線を向けてきた。

「政さん、今日暇?」

「休みなので暇は暇ですが」

「じゃあ、こいつ、六さんのところに連れて行ってあげてよ」

「……え」

「だって、こいつ化けれないなら街のなか歩いていたら確実に捕まっちゃうもん」

 別に狸が捕まっても政は痛くもかゆくもない。

 三太がにこにこと笑って視線を向けてくるうえ、たぬきまで縋るように見つめてきた。勘弁してほしい。

「捕まるだけならいいけど、車にはねられちゃう可能性も高いしさ」

「それくらい、ちゃんと避ける知恵はありますがな」

「あっちより、こっちのほうが交通量多いし、六さんいるのは街中だからね」

「むぅ」

 器用に眉を寄せてたぬきが唸った。

「ツテがあればここまで苦労しないだろうけど、そういうのもないんだろう?」

「ないですぅ」

 たぬきの困り果てた声に三太が思案するように黙り、政を改めて見つめてきた。真剣な顔で、拝むように両手を合わせて頭をさげてくる。

「お願い、政さん、こいつ、連れていってあげて。俺、車はまだ運転できないんだよね」

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