第3話 えらいたぬきさまのご登場


「……三太さんがそこまでいうのは、どうしてですか」

「うん? そりゃあ、化け狸たちは同類に近いからね。俺らみたいなのは、こういうとき助け合うんだよ。それに、こいつ、たぶんはぐれだし」

「はぐれ? それは」

「はぐれははぐれだよ」

 三太が笑って答えるのに政はさらにつっこもうとしたタイミングで

「六さんのところに行くんですか、私も行きたいです」

 猫が尻尾をぴんとたてて迫ってきた。

「久しぶりに六さんに会いたいです!」

「浮気ですか」

 なんで、そんなにも嬉しそうに食いついてくるんだ。この猫は!

「違いますよ!」

「そもそも、その六さんっていうのは?」

「六角堂狸」

 さらりと三太がフルネームを告げた。

 予想していたが、やはり狸らしい。

「髑髏を片手に人をたぶらかすといわれる強い狸だよ。松山じゃあ、刑部狸と同じくらい知られてるやつで、ここらへんの顔役狸だよ。あとに大狸、三光姫狸、金平狸、毘沙門狸って、それぞれいてね。もめ事あったりとかすると、フォローしたりしてるんだ。あれ、けど、君の近くなら、三さんあたりが担当じゃないの?」

「今、あのお方、お忙しいらしくて」

 たぬきの言葉が尻すぼみになる。

「ふーん。で、話を戻すと、六さんは勝山を拠点にしてる狸なんだ。今からいけばお店にいると思うよ」

「店?」

「そ。顔役たちは、みんな変化が出来るから、普段はふつーに人の世で生活してるんだよね」

「……まるで映画やアニメみたいな世界ですね」

「残念、これは現実だよ。とにかく、困ったときはお互い様、猫ちゃんも会いたいっていうし、車出してよ。政さん」

 黙った政にたぬきと猫が前足を合わせてうるうると見つめてくる。

 それはずるい。


 政は言われるがままに車を出し、勝山通り近くにあるパーキングに車を停めた。

 松山でも都市部にあたるため路面電車が通る大きな通路といくつものビルが並び、人通りも多い。

 たぬきがうろうろしていたら目立つし、車もかなり行き来しているので危険極まりない。

「リュック持ってきて正解でしょ」

 と案内役の三太が政を見た。

 たぬきをそのまま抱えていったら目立つというので、政は仕方なく、自分の持ってきたリュックにいれた。かなり背中が重い。

 猫は人に化けている。今日は春らしい薄い青に花を散らした着物姿だ。帯はクリーム色で、そこらちは無地。帯は紅色で留めによく見ると狸がついている。なんともおしゃれな可愛さだ。

 るんるんとお出かけを楽しんでいる猫を尻目に背中の重みに辟易としつつ政は三太と共に歩いていく。

 人通りも多いが、路面電車が行き来してなんとも忙しさがある。

 車を運転すると路面電車にぶつかるのではないかとはらはらすることが多々ある。

 特に今政たちがいる勝山通りは路面電車の通る線路を車で横断することもあるので、対向車もそうだが、電車にも気を配る必要がある。

「あ、路面電車と車がぶつかったら、確実に負けるの車だから気を付けてね」

「それはまぁ」

「けっこうねぇ、ぶつかる事故多いんだよね。俺、二回ぐらいひきずられる車みたよ」

 それは運転者が生きた心地がしなかっただろうに。

「まぁ、最近は車と路面電車の距離あけたり、路面電車の人がクラクション鳴らしたりしてるからあんまりないけど」

「……」

「けど気を付けるに越したことはないよ」

 けらけらと三太が笑う傍らで政は真剣に気を付けようと心に誓った。

 松山の通路は東京と違い、かなり複雑なので気が抜けない。

 そんなことを考えて歩いているといくつもの店が軒を連ねるなかに神社が見えた。

「もしかして、あれですか」

「ううん。あれは違う。あっち」

 三太が示したのは、神社ではなく、その先にある小さな店だ。

 ちょうど暖簾を出そうと出てきた男に三太が駆け寄っていく

「おひさしぶりー。ほんじさん」

「おや、こりゃ。三太坊ちゃま、本日はどういたしました」

 ほつそりとした男は愛想よく三太に微笑み、つと政を見た。政は頭を軽くさげると、猫がにこにこと笑っている。

「私の旦那様です」

「まだ結婚はしていません。お試しのお付き合い期間ですので嘘はつかないでください。猫」

「ふにゃん! 政さんっ」

 猫が傷ついた顔をして見つめてくるが、嘘はいえない体質なのでここはしれっとしておく。

「はぁ……ああ、憑き物さんですね。どうぞなかに、おーいかずさ、三太坊ちゃまがお越しだよ。大将に声をかけておくれ」

「はぁーい。あらあら、まぁまぁ」

 奥から顔を出した、ふっくらとした体格を落ち着いた紺色の着物に包めた女性がころころと笑う。こちらはつぶらな瞳が可愛らしい女性だ。

 朗らかに笑うとどうぞとなかに案内してくれた。

 カウンター席と座敷のテーブル席がある和風の店内の奥へと女が進んで声をかけると、すぐにとんとんとんと軽やかな足音とともに一人の男が出てきた。

 でかい。

 やってきたその男を見て政は第一に感じた。

 政も決して低くないが、そんな政の頭一つ分大きな男だ。

 茶色の落ち着いた着物を身にまとい、煙管を片手にやってきた伊達男を、政はまじまじと見た。

「おや、こりゃ、三太坊っちゃん、どうしたですか?」

「お久しぶり。六さん。こっちは政さん。憑き物筋で」

「私のだんな」

「になるかもしれない者です。犬山政と言います」

 猫の言葉を政が遮って頭をさげた。

「猫嬢の相手ですな。それは、それはご丁寧に挨拶にきてくださったんですか? まぁ、お座りなさ」

「すいませんっ! お願いがあるんですっ」

 いきなり政の背中からたぬきが飛び出した。政は思いっきり頭を踏みつけられた。地味に痛いうえ、重い。

「ほぉ。同胞を連れてきてくださったんですか」

 六さんと呼ばれた男は狸がしゃべっても、さして驚くことはなく笑った。その顔が狐みたいに見えて政はぞくりと背筋に悪寒を覚えた。

 政が顔をあげると、あぎゃあと頭を踏み台にしていたたぬきが床に転がり落ちる。

 と

「たぬき」

 目の前にいた男がふわふわの毛に覆われた狸になっていた。

「お初さまですわ。私ははこの土地の顔役狸、六角堂狸いいます。気軽に六角とお呼びください。新しい憑き物筋様」

 むき出しの牙を隠しもせずに微笑んで湿った鼻先を伸ばしてくる。

 さすがの政も一瞬怯んだ。

 気配がして振り返ると、先ほど自分たちをここに案内してくれた男女も――たぬきになって、にこにこと笑っている。

 昔話のたぬきに騙された話を間抜けだと思っていたが実際騙されると確かに怖いものだと政は実感した。

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