第4話 きつねのごはん
「それ、美人っていってるじゃない。やだー、誉め言葉ばっかりー」
「むーむー」
「どうどうどう」
政は尻尾を出して地団駄を踏む猫を落ち着けにかかる。
「美人であるとは思います。神様オーラもすごいですね」
「でしょ! 褒めていいわよ」
「それで、俺たちはお紅さんに依頼されてきたんですが」
「あら、お紅ちゃんから」
狐が片眉を持ち上げた。
「はい。あなたに食事を作ってほしいと」
「私に?」
むすっとした顔で考えこんでいる。
猫と相手にしたときはぺらぺらことしゃべっていたのに。
「悪いけど、食べたいものはないわ」
「ない、ですか」
「だって、私、松山の生まれじゃないし、ここらへんでもないから、どれも口に合わないのよ。この土地って甘すぎて無理」
つんけんした言い返しに政は面食らった。
これでは梅の実と桜の花のお礼ができない。
「甘いものだめって、どれもおいしいのに」
「松山って、ばかみたいに砂糖使いすぎよ! 私、あれだめなのよ。糖尿病にしたいのかしら?」
「むぅ~~。おいしいですもん」
「私は無理。パス」
けんもほろろ。
それだけいうと背を向けてしまう。
このまま立ち去るのかと思ったが横眼でちらちらと視線を向けてくる。なんだ。
「まぁ、どうしてもっていうなら、仕方ないから付き合うけどー」
「……はぁ、いえ。無理にとは」
「このあんぽんたん察しなさいよ! 人があんたたちの顔をたててやるっていってるのに」
今度は思いっきり蹴られた。痛い。
「政さん、ああいうのはつんでれっていうんですよ。私、銀次郎さんと夕方のアニメをみて学びました」
「つ、つんでれ?」
「つんつんしてるけど、でれるってやつです」
なんだそれ。
政はツンデレについては理解が明るくない。ただひたすらにめんどくさい生き物としか思えない。
「さぁ、さっさとお出し」
「いえ、今はありません」
「はぁ? なにそれ、持ってきてないのっ」
狐が呆れた顔をするのに政はここまでの経緯――至極簡単なことだが、本人を知らずに何を作ればいいのかなんてわからないので会いに来た旨を説明した。すると
「なんだ、そのめんどくせぇ真面目くんはよー。いや、嫌いじゃないわ。嫌いじゃないけど、あんた、あのあほ狸のことでかかわってたやつでしょ。こっちまで噂来たわよ」
刑部狸のことらしい。確かに街中の狸がわいわいがやがやしていたので、噂になるだろう。しかし、まさか狐が知っているとは。そして口調から察して、どうも仲はよくないらしい。
「ふぅーん、けど、お紅ちゃんがねぇー」
「はい。あなたは過去にとらわれているから、おいしいものを食べて元気になってほしいと」
「余計なお世話じゃない、それ」
はっきりと狐が言い返した。
「私のどこが過去にとらわれてるって? 仮にさ、とらわれてるからってなんなのよ」
確かに。
狐の言うことは最もだ。
過去に囚われることがすべて悪いことなのか――政は短くも長い人の生を生きてきた。絶対にそれが悪いこととは言い切れないと知っている。
だって、過去を断ち切れてないのは自分も同じだ。
「ばかよね、あの子も。私なんかに気を使って」
「知り合いなんですか」
「まぁね。と、言っても私、ここからほとんど動かないんだけど、あの子はたまたま、知り合ってね」
「ほぉ」
「……ばかよね」
今度は独り言のように狐は口にした。
「ここまできたんなら、ゆっくりしていきなさいよ。なにもないけど」
「なにもないんですか」
「ここは神の場よ? 神に会う以外になにがいるのよ」
ごもっとも。
それだけいうと今度こそ、背を向けてしまった狐に猫と政は顔を見合わせた。もうお話はしないという姿勢なのに、仕方なく、賽銭を投げてお参りをしたあと、見回ることにした。石畳みの階段をのぼると大きな石があり、そこには夜泣き石とある。説明を見ると、夜泣きする子供を寝かしつけるための石だという。面白いものがあると思い足を進めると、奥には鳥居が並び、導かれるようにして向かうと狐の祠があった。大きくはないが、それでも山のなかにたたずむだけで神秘性が増すのか、厳かな気持ちになる。人に慕われているのか酒やお菓子というものがところせましと捧げられ、おみくじやお守りやらも置いてある。
「ねぇ、政さん」
「はい」
「お紅ちゃん、あの狐さんのこと好きなんでしょうか」
「は、え、なんですか、いきなり」
「だって、じゃないと、わざわざ椿さんからうちに来て、狐さんのごはんについて言うでしょうか」
「……あれ、オカマですよ」
思わず言い返していた。
「オカマでも、狐でも、神様の眷属でも好きなものは好きになっちゃうでしょう」
真顔で反論された。
「え、あれ、神様じゃないんですか?」
「政さん、もしかして知らないんですか? お稲荷さまはただの神様の眷属っていう意味ですよ」
全く知らない。
「……んっとですね、お稲荷さまというのは、ウカノミタマというとても古い日本の神さまで、こちらは女神様です。ちなみにこの方がつかさどるのは農業における豊作とかなんですが、それで狐はその神様の眷属とされてるんです」
「はぁ」
「狐は昔から春先から秋まで人里に降りてくるので、神様の使いではないかって言われて、白狐としてあがめていたんです。あの人が白狐なのは、神様の仕えている紛れもない証でしょうね」
「ほぉ」
まさか、今更、実は眷属でした、なんてオチがつくとは思わなかった。
いや、だって、ラノベやアニメでは狐が神様というアピールがよくあった気がする。けど、あれ実はみんな神様眷属ということか。
「まぁ、眷属をあがめているところとか、他の神様の場合もありますから、絶対ではないですが、ここらへんはそうですよ」
「勉強不足でした」
「政さん、なんでもスマホで調べちゃうのに、こういうところは抜けてますね」
猫がくすくすと笑うのに政は頭をぼりぼりとかいた。
「あなたはよく知ってますね」
「そりゃあ、四国の生まれ、愛媛ですよ。八十八万の神を奉る土地の子ですもん。当然です」
ふふんと胸を張る猫に政も口元を緩めた。
確かに四国は八十八か所としてお遍路が有名だ。街に車を走らせると、白い服を身に着けて、せっせっと歩く人の姿をちらほらとみる。少し歩けばあっちこっちに寺や神社がある。
信仰深いというよりも、当たり前みたいに神と共存している。
そんな土地柄を政は垣間見る思いだ。
猫は、そんな土地で呪いとして生きている。
そう思うと胸がずきりと痛んだ。
彼女の切実な祈りのような願いを政は知っている。神の呪いとして生きてしまう苦しみと孤独のなかでずっと、ずっと、それでも寄り添おうとしている。
お紅は呪いの解き方を知っていると口にした。狐に、うまいこと取り入ることができたら、教えてもらえるかもしれない。
「やはり、あの人に食べ物を」
「白様にごはんつくるの?」
「白様、喜ぶ?」
別の声がしたのに政はぎょっとした。
見ると、小さな――二頭身の子狐たちがこちらを見ている。どこから現れたと思ったら、そういえば、この祠のなか、あっちこっちに狐の置物がある。狛犬すら狐である。その置物たちから分離した――真っ白い透明な狐たちがわらわらと近づいてくる。
「ええっとこれは」
「ぼくたち、きつね」
「この土地のきつねです」
「長くしんこうされて、大切にされて、たましいがやどりました」
つまりは付喪神というやつか。あのお雛様のときよりずっとはっきりと声がするし、何より本体と分離しているようだ。
「信仰として魂が宿った、いわば狐さんだからですよ。付喪神とは少し違いますね」
「ほぉ」
「ものというよりも、この土地の力でしょう」
猫の説明に政はまたほぉと息をついた。不思議なことはいっぱいあるものだが、目の前のものを否定するほど、バカではない。
「白様というのはあの狐のことですか? というか、彼だけ違うんですね」
「そうだよー、白様」
「白様は、別の土地からきた本当に狐さまー。白狐なの」
「この土地から生まれたぼくらとちがうの」
子狐たちがきゃきゃと楽しそうに跳ねながら説明してくれる。
「白様ね、昔、なんかしちゃったの。それでここに仕えることにしたんだって」
「ずっと後悔してる」
「苦しんでる」
「だから」
子狐たちの声がはもった。
「助けて」
「ごはん」
「元気でるっ」
尻尾をふりふり子狐たちが見つめてくる。
「……ずいぶん慕われているんですね」
「やさしいもん」
「すごいもん」
「きれいだもん」
口々に子狐たちは白様――狐を絶賛する。確かに見た目は美しいし、多少めんどくさいタイプだが人の話を聞く姿勢はある。ただお紅のことを口にしたとき、少しだけ険しい顔をしていた気がするのが若干気にかかった。
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