第13話 宴会を再び

「本日はおひがらもよく、みながあつまり、このような催し物を」

「あ、これおいしい」「もぐもぐ」「あまっちょい」「もぐもぐ」「これ、これがいい。これが食べたい」

「えー、今回司会をするのは私、大阪におりました銭に強い狸……って、誰も聞いてねぇ! 六角かわれぇ」

「やだよ、こっちとら、怪我してるんだ」

「てめーーっ」

「もぐもぐ」「美容はねぇ、やっぱり葉っぱがきくのよ」「うむうむ」「へー」「狸が美容語るんだ」

 フリーダムななか、政はこっそりとみなが持ち寄った弁当をつまむ。


 あの夜の騒動は、朝が来たらまるで夢のようにすべて丸く収まっていた。

 さすが狸。

 思わずそう言いたくなるほどの鮮やかな手並みで普通に戻っている。

 まぁ、その後ろで今回の騒動の後始末をしただろう、スーツ姿の市役所の者らしき姿をちらほらと見た。彼らは政たちに何も言ってこなかったし、咎めてもこなかった。まるで空気みたいな扱いだ。

 たぶん、これが彼らのこういうものとの付き合い方なのだろう。

 なので政もあえて声をかけるということはしなかった。

 そうして寝不足のまま家に帰り、三太と昼間まで寝ていると、庭で騒がしい声がしたのに起きてみると、狸がいた。

 刑部狸の使いの狸たちは、葉っぱでできた招待状--夜に改めて花見をするのでどうか、という誘いだった。またか。もう丁重に断ろうと思ったが、狸たちがぜひぜひとつぶらな目で見られては断りようがない。

 夜になると迎えの電車――毘沙門狸から飛び降りた狸たちに連行されてしまった。拒否権はないのか。

 そうして松山城の屋根の上で騒ぐ狸たちと夜桜を見ることとなった。今回はそれぞれが持ち寄ったご馳走を開いて好き勝手に食べて酒を飲んで騒いでいる。

 幸い月がきれいだ。

 ぽんぽん、ぽんぽん。

 腹をたたいて音頭をとる狸までいる。

 できれば政は端っこで小さくなってやり過ごしたいと思っていたのだが

「政くんはこっちじゃあ」

 甘えた声をあげた刑部狸が膝にどかんと乗ってきた。

 はじめて会ったときとは違い、艶やかな黒毛に美しくふっくらとした尻尾。

 バケモノは心のありようが見た目に作用するというのは、こういうことか驚くほどに美しい狸だ。

 撫でてほしそうに見てくるので試しに頭をなでると、ごろごろと猫みたいに鳴いている。

 これは狸なのか、それとも、猫なのか。一体なんなんだ。

「政くんや」

「はい」

「たのしいかい?」

「……」

 猫が楽しそうに狸の娘たちと話している。

「ええ、とても」

「……それはよかった。良いことじゃ。それで、お前さまに今回迷惑をかけたことも含めてわしはなにか詫びをせねばならん。できる範囲でお返しをしよう」

「詫びですか」

「うむ」

 詫びる相手の膝の上で腹を出している狸にどれだけ期待できるのか。

「わしは、これでも神ともいわれる狸。この四国ではわしに勝てるほどの妖力を持ったもんはおらん。大抵のことはかなえてやれるぞ」

「……では、一つ」

「なんじゃ」

「猫を、呪いから自由にできますか」

 刑部狸はじっと政を見つめたあと、うんしょと体を起こした。

「金や名声といわないのがお前さまらしいな……残念じゃが、それは無理じゃ」

 期待はしていなかったが、少しばかりの落胆はあった。

 いくら神といわれる存在でも不可能があることはわかっているし、そんなやすやすと解決するなら自分の祖はそもそも猫をこんな形にしていなかったと思う。

「一度はじまった呪いは、それを全うするまで消えることはない。特にあれは根が深すぎる。どれだけのことをしたらああなるのか。まったく検討つかんほどの深いものじゃ……呪いの原動力は呪った者の心、つまりは負の気持ちじゃ」

「負の気持ちというのは?」

「怒り、憎しみ、妬み、……そんなものじゃよ。猫ちゃんは長い年月をかけて、その感情を薄くしてきたんじゃろうな。けれど、根本が解決しておらん」

「根本とは呪った者のことですか? だったら」

「そう。呪った者が何者なのか、その呪いがどういうものなのか、お前さまは具大的に知っておるのか?」

 鋭い声に政はぎくりとした。

 猫が出会ったときに口にした忘れられた神の呪い。--それが一体どんな神だったのか。そして、どのような怒りだったのか。忘れられたからという理由だけだったのか。

 確かに根本的なことを政は知らない。

 昔、一体なにがあったのか。

 それを知ることがまだ叶うのか。それが呪いを解く足がかりになるのか。

「だからあの子に名前をまだやってないのか。名で縛ってしまえば、呪いとして固定してしまうからな。いや、この場合は憑き物としての決定か」

「よくわかりませんが、猫に俺が名を与えるというのはなんとなく違う気がしたんです」

「そうか。お前さまはそういうカンがええんじゃろうな。……この世にあるすべてには名がある。形なきものは名を与えなければ、それはこの世にとどまれず、けれど、つよい願いによって囚われてどこにもいけぬ。あの子は、呪いであり、憑き物であり、まだ名もない願いじゃ。

 あの魂の本質といえる名を与えれば、本来の自分を思い出し、呪いを薄めることになろうよ。うむ。昔のこと、わしも調べてやることはできる」

「ありがとうございます」

「いい子じゃなあ」

 ふふと刑部狸が笑うのに政は目を細めた。

 甘い香りがする。見ると桜とつつじ、それに美しい月夜に照らされて、心地がいい。

 まだ何もはじまっていないし、踏み出せていない。

 けれど月あかりのなか、狸たちとどんちゃん騒ぎをして楽しそうにしている猫を見て政は思う。

 呪いをときたい。

 猫の呪いを。

 そして自由にしてあげたいと、切実に。

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