第四話・きつねとたぬきのお味噌汁

第1話 またたぬき

 ほー、ほけきょ。

 ホトトギスが鳴いているのに、政はキーボードを打つ手をとめて顔をあげた。

「春らしい」

「夏ですね」

 お茶をもってきた猫が声をかけてきたのに政は瞠目した。

 いま、なんて言われた?

 夏?

 ホトトギスが鳴いているのに?

「どうかしました?」

「いえ。あの夏ですか」

「ほととぎすは夏の鳥ですよ? え、あー、正確にはあれが鳴くと夏になるってことです」

 きょとんとした顔で言い返されて政は驚いた。てっきり春だとばかり思っていたが、違うのか。

「よく知ってますね」

「ふつーです。ふつー」

「そのふつーを俺は知らないのですが」

 政が言い返すと猫はあっという顔をして黙ったあと

「政さんって、わりと負けず嫌いですよね」

「自覚してます」

 わりと、というよりも、かなり負け嫌いな自覚はある。

「そういえば今日は箱に向かっておはなししないんですね」

 箱といわれて一瞬なんのことかと思ったが、ああ、パソコンのことかと思い返した。

 政の使うのはノートパソコンだが、猫はそれを細い箱と口にしていた。

「え、ああ。今は通話してないので」

「つうわ? ほぉ」

 猫が小首を傾げる。季節や鳥のことは知ってるくせに、最近のものについてはとんと疎い。

 そこが少しばかり可愛らしいのだが

「ああ、ただメールは来ました」

「メール? ああ、手紙ですね」

「そろそろ有給がきれるので、今後どうするのかという問い合わせでした」

「え」

 猫が動きを止めた。

 たとえるなら冷蔵庫を開けて、ついうっかり一ヶ月ほど忘れてしまった野菜のミイラを見つけたときのようなぎょっとした顔だ。ちなみに政がやってきた二日後に冷蔵庫の奥でおくらのミイラを発見し、こんな顔をしていた。

「ゆうきゅう?」

「はい。俺はここに一時期きただけといいましたよ」

 ここには家の片付けと財産確認をしたあと、即座に戻るつもりだったし、東京の住まいは一度引き払ってしまおうかと計画していたのだが、すっかり頓挫してしまった。

 猫がいたせいであっちこっちへと行くことになってものんびりしている暇はなく、狸の騒動に巻き込められてようやく落ち着いたと思えば今度は有給だ。一ヶ月は長いようで短い。

 とはいえ会社からのメールは新しい上司からのもので、今後はどうするのかというものだ。この新しい上司は政の不倫騒動を聞き、えらく同情してくれているうえ、無理しなくてもいいと休みについてもかなり協力してくれた人だ。ちなみに子煩悩のいいパパだ。

 以前の同僚たちに助けられ、リモート飲み会に誘われて参加したときに上司も出てきくれ、あれこれと心配してくれていた。

「ゆうきゅうきれたらとうなるんですか?」

「働きに出ます」

「ふぁ、と、とうきょうに?」

「そうですね。もともと本社はそちらなので」

「毎日? ひこうきに」

「どの金持ちですか、俺はそんな金はないです。もし本社に戻るとしたら東京に暮す必要はあるでしょうね」

 猫がつぶらな瞳でじっと見つめてくる。

 この家から猫は離れられない。離れれるとしても政と一緒だったらという条件がいる。それでも呪いとして愛媛から出れない。政だけが出た場合は罰として味覚を失うことになる。

「……にゃあああ」

 何が言いたいのか。本物の猫のように鳴いて訴えられても政としては困り果ててしまう。

 と

「こんにちはー。てか、お客さんきてるよー」

 いつもの三太が庭から顔をでしてきた。

「二人とも見つめ合ってどうしたの?」

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