第9話 裏切り者めと告げた
「お前からわしに会いに来るとはな」
毛むくじゃらの刑部狸が口角が吊り上がる。笑っているようだが、実際笑っているのかは毛に隠れて伺い知れない。
「大将、夜桜としゃれこみましょうや」
「……そうじゃな」
刑部狸と六角が向き合うのは松山城の上――瓦の上で二匹は向き合う。
春らしいうららかな晴れ模様だが、上にいけばいくほどに若干の暑さはある。
二匹のやりとりを政たちは下の部屋――観光客たちがあがれる最上階の部屋で気配を殺して見守っていた。
刑部狸は松山城の屋根から動かずにいる。
松山城からロープウェーの周辺は狸たちが占領し、今は閉鎖中。
弁当箱を持ってやってきた政たちは役所の人らしいスーツ姿の人たちに止められたが、六角と三太を見ると顔色を変えて通してくれた。
本当に、人とこういうものたちは折り合いをつけて生きているらしい。
そして若干、そういうものたちのほうが身分は高いものとして扱われているのを間近で見て、納得した。彼らは神に等しい存在なのだ。
そんななかに囲まれている政はなんとも場違いな雰囲気を味わいながら、やってきた松山城には狸たちが――二足歩行の彼らは各々、竹やりなどもっているのだが可愛らしいのか物騒なのか若干迷うところだ。
「六角のおやびん」「おやびん」
おやびんときたか。
六角が大らかに笑って手を軽くふるのに狸たちはきゃーーと黄色い歓声をあげて嬉しそうにしている。まるでスターに会ったファンみ状態だ。
「あれ、おやびん、ちょっとはら、ふくれてませんか?」
「それにそのつきものすじは?」
「総大将に捧げもののためにきたんだよ。腹は今満腹まで食べたからだよ」
今政は六角の着物のなかに隠れているのでいちいちどきどきしてしまったが彼らは容易く
「おやびんは食いしん坊なんですねー」
まさか化かしのプロの狸たちを騙して通り過ぎて、刑部狸まところまでやってきた。
あとは料理が合っているのか祈るしかない。
今、六角たちのやりとりは声だけだが――三太がせつえに頼んで、飛んでもらい、視界を共有してもらっている。
せつえの視界で見る世界ははっきりとして、美しい。
二匹は向かい合い、弁当をあける。
猫が作ってくれた松山名物の鯛めし。
鯛めしには二つのパターンがある。ごはんに刺身をのせての鯛めし。これは茶漬けにしてすするのがポピュラーだ。たいして鯛を贅沢に米と炊くもので、松山は魚をそのままいれる豪快さだ。
政の住んでいたところではそんな炊き方はしたことがない。炊き込みといえば基本的に炊いた米に混ぜる印象だったが、松山は魚そのものをいれる。鯛めしの場合は、鯛の一番おいしい頭の部分をいれてダシをとるのだ。
猫は鯛をそのままご飯と炊いてくれた。
昔のやり方がいいというので今回はフライパンで――それで炊けるのかと驚いたが、お米を炊くにも水に馴染ませたりと丁重に時間をかけて鯛とダシをとって作ってくれた。味見をしたが、さっぱりとした魚の風味がうまかった。
これなら、と思ったが
刑部狸はそれを見て六角に視線を向けた。
六角が微笑む。
「うむ」
箸をとって口に運び、一口食べた刑部狸は、箸を置いた。
「まずい」
吐き捨てる。
「くえたもんじゃねぇなぁ」
激しい嫌悪をむき出しの刑部狸に六角が身をかたくする。
これはやばい。
政は本能的に感じた。
「のこのこと下にある阿呆どもと何を企んどる」
「総大将、これは」
くあああと刑部狸がひと鳴きした。
あと思ったときには政の視界は切り替わっていた。
肌寒い空気が頬を撫でる。ずるっと滑った――政だけが屋根のところに移動させられていたのだ。
慌てて腰に力をいれて踏ん張り、顔をあげれば刑部狸が冷ややかな目を向けてくる。
「……なにを企んでおる、今度は」
六角の顔が強張り、慌てて政に駆け寄ってくる、ほとんど一分にも満たない時間。
確かに刑部狸と目が合った。
心底、腹立しそうに刑部狸は言い募る。
「こんなものをもってきてわしを騙そうとするか! うそつきめ、口先だけの愚か者め! どうしてあれじゃない、うそつきめ!」
激しい罵りに政はぎょっとした。
あの夜、とても嬉しそうにしていたのと一転して、今は激しい怒りを抱えている。たえきれないほどの、マグマのような怒り。どうして。
と、六角が政の前に出た。
刑部狸が眉をぴくりと動かす。
「裏切者め」
低い声が詰る。
くろい、くろい憎悪と。
つめたい、つめたい殺意をこめて。
「お前はわしを裏切るのか」
「……そもそも獣は群れを作らないもんですよ。総大将」
覚悟をきめた声で六角は言い返す。
「そして、バケモノはこうと決めた人のために命だって投げ捨てる。そういうもんでしょうが! 私は政さんがいいと思った。だから味方をする。それを止めることは誰にもできないはずですっ」
六角が啖呵に刑部狸が黙り込むと、にいと牙がむき出しで、残酷かつ残忍に笑った。
「そうじゃったなぁ」
笑う。
「なら、お前も」
静かな怒りと憎悪をこめて、告げる。
「お前もだ」
政はただ見ていた。
このままでは全員殺される。ここで殺されてしまう、確かにそう思った。
同時に政は見えない力によって吹き飛ばされた。
宙に飛ばされ、落ちていく。
あ。
腕を伸ばしても何もかも遅い。
誰かの悲鳴が聞こえた。
遠く、遠く。
黒いなにかが自分に迫ってくる。
ぜんぶ、墜ちる。
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