第8話 さぁ、いざ尋常に……食べろっ

 腹を満たして、一息ついたのでそれぞれに今日の成果を伝えあった。

 まず三太が図書館で借りてきた本を開き、刑部狸の伝説について詳細を教えてくれた。

 そもそも刑部狸はその伝説の前から松山にいたと思われる大妖怪。その存在だけいえば平安時代からいたともいわれる。

 そんな刑部狸が松山城の守護者としてかかわったのが享保の大飢饉の際に起こったお家騒動にかかわったことが記されている。

 そこで松山藩の家老である奥平久兵衛と対立したといわれている。

「この久兵衛さんってすごい人なんだよねーー」

 三太がさらにつけくわえた説明では奥平久兵衛は武芸に優れ、有能な人物であったが、復興のための重い税を課したことにより、民が逃げ出してしまい、責任によって島流し、挙句に首を切られている。

「これは、また壮絶ですね」

「なんっーか、このころのお家騒動が刑部狸の伝説のモチーフになってるんだよね。もともと大飢饉が起こってその責任で一人切腹したあとの跡継いでるから、相当いやな役を押し付けられた形じゃない?」

 テーブルに肘をついて三太が胡乱な目をして語る。

 当時の制度はわからないが、損な役を背負った人物であることは間違いない。

「一応、物語としてはこの人が横領しているのを刑部狸が見つけて戦うってる」

 刑部狸は横領する奥平をこらしめようとして、逆に負けてしまい、使役される。

 ここからは政がざっとしたらべたのと同じく、いやいや使役された刑部狸が松山城であれこれと騒動を起こしてわざと退治されたり、封じられているというストーリーだ。

 これだけ見れば刑部狸が嫌っていたというのは理解できるが、あそこまで毛嫌いするのだろうかという疑問が浮かぶ。

 次は政は集めた資料と手書きのメモを出して江戸時代、そしてその時期を特定したおかげでいくつかの食事の候補を出した。

 享保の大飢饉については六月までが雨が続き、冷夏と害虫の発生と記されている。つまり秋から冬に人が死に絶え、さらに春にこのお家騒動が起こったと思われる。

「つまり、時期が悪かったんですな」

 六角がため息をついた。

「総大将は確かに春先はいつもぼーしているとこが多かったですが」

「それで顔の似てる政さんがきちゃったからかー」

 三太も嘆息する。

 刑部狸にとって、思い出深く、因縁の季節が春。

 さくらが散る、この美しい季節になにかが起こり、刑部狸はあのような状態になった。

 それに関わっているのが――

「さて、食べ物ですが春先ならやっぱり春の食べ物なんでしょうかね」

「だと思いますが、春らしい食べ物」

「たけのことかでしょうか?」

「ふき!」

「菜の花とか?」

「んー、おいら、たらの芽」

 と、それぞれ思いつくままに春の食べ物をあげていく。

 食べ物について疎い政はまったくあげられず、ただ聞いていた。

「あと、さつまあげとかでしょうか」

「さつま? えーと、芋とかですか?」

「いえ。松山の食べ物ですね。ご当地飯というやつです」

 きょとんとする政に六角がふふと笑みを深めた。

「白身魚と麦味噌をあわせて食べるもんですね。そんな難しいもんじゃないですから、作ってきましょうか」

 六角がいきなり立ち上がるのに政は狼狽えた。先ほど夕飯を食べたばかりだ。いや、まだ食べようと思えば食べれるが

 そうこうしていると猫に導かれて台所に六角たちが向かってしまった。

 ものの五分とたたずに戻ってきた。

 椀のなかに米と汁が一緒のそれにきゅうりがのっている。

「冷や飯ですね。どうぞ」

 これなら腹が多少いっぱいでも食べられそうだと政は促されるままにすすった。

 味噌の甘味とともに米の冷たさが舌に優しい。

 気が付いたら一気にかけこむようにして食べていた。

「うまい」

「でしょう」

 にやりと六角が笑った。

「魚と味噌の味がうまいんですよ。しかし、これが思い出の味なんでしょうかねぇ」

「春先だから少し寒い、ですね。これ熱くも出来ますか? いや、狸なら冷めているほうがいいんですっけ」

「熱いのはちょっと苦手で」

 舌を出して六角がにやりとするのに政は頷いた。

「これかもしれませんね」

 魚や味噌なら手に入りやすいし、ご当地の食べ物であるならなおさら。

「んー、あと松山で有名といえば鯛めしとか」

「それなら寿司も有名かも。いもたきもいいよね」

 三太が顔を緩める。

「五色そうめんもそうですよね」

 猫まで。

 全員がそれぞれ自分の考える最強のご当地飯に顔が綻んでいる。

 政にはそういうご当地のおいしいもの、歴史を脈々続く食べ物の知識がないため、ただ黙っているしかないが、こんなにもぱっと出てくるのも驚きだし、自慢げに語る彼らを見ると、なんともすごいものだと感心ししまう。

「とりあえず、絞っていきましょうか」

 ノートを取り出して、とにかく片っ端から食べ物をあげていく。

 ざんき、麦噌汁、えび天、かんころ、松山鮓、石花汁、じゃこ天……

「ぼて茶?」

「はい」

 猫があげた料理名に政は怪訝な顔をした。

「たけのこやしいたけを使ったものです」

 尻尾をふって語るのに政は想像が一切できないので、スマホで検索をかけた。

 レシピが出た。

 本当にあった。

 レシピを見ると松山藩が作ったものだというのだから驚きだ。

「茶ですか、確かに当時のものを作っているし、これが候補としてはありではないですか」

「確かに」

 六角と三太もレシピを見て顎を撫でて神妙な顔だ。

「食べてみます? ちょっとまっててくださいね」

 猫がすくっと立ち上がった。

 どうも六角といい、猫といい、自分の自慢の食べ物は食べさせたいらしい。

 有無を聞かずに台所に行ってしまった。

 そして戻ってきた猫が持つ盆には確かにお茶があった。

 それも泡がたったそれはなにかと思ってしげしげと見ていると、六角は慣れたようにそれをご飯のなかに流し込んだ。

「ようは、ちょっと豪華な茶漬けですな。本来は米も豆をいれやすね」

「へぇ」

 一口食べると、さっぱりした味だ。細かく切られた具――たけのこ、しいたけ、黒豆、ふきが入っている。

 意外と食べやすい。

 ついつい食べることに夢中になってしまった政が完食して、空っぽの皿を置くと全員の視線が向いていた。

「な、なんですか」

「いや、おいしそうだなぁって」

「お好みの味だったんですなぁ」

「また作りますね」

 三太と六角がしみじみと口にするのに、猫が嬉しそうににこにこしている。

 なんなんだ。

 気恥ずかしい。

「けど、それなら、これじゃないの」

 さくらがうーんと唸りながら口にした。

「だって時期は合うし、江戸時代ならそれこそぴったりじゃない?」

「確かに。時期としては合いますねぇ」

 全員がまた沈黙した。

 正直ここまで難儀するとは思わなかった。むしろ、こんなにも、一つの土地で料理が多いとは想像すらしなかった。

 さすがに全部食べさせるというわけにもいかない。

 騙して食べさせられるのは、せいぜい一品、二品が限度だろう。

「そういえば、あの人は、松山城の守護者なんですよね」

「……ええ」

「つまり、城のどこらへんにいるんですか?」

「基本は天井とかですね。松山城も広いので、常にそこにいるわけではないと思いますが、天気のいい日は屋根の上でよく昼寝をしてあつい、あついと汗をかいていたこともあるとか」

「じゃあ、片手間で食べられるものじゃないですか。ほら、屋根とかバランスがとられないところで、お茶漬けといった両手で食べるものは難しいから」

 そもそも、どういう状況で食べさせたのかは不明だが、松山城の、あの場所で食べていたと仮説をたてるしかない。

 なら両手が使えないもの、熱すぎるものは動物は苦手なのでそれも排除する。

「だったら、これしかなくないですか?」

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