第7話 助けますよ、先輩

【困ったときはいってくださいよーー】

 パソコンで調べものを開始した政だったが、いきなり後輩からメッセージが飛ばされたときは驚いた。

 現在リモートワーク中なので、よかったら会社仲間と話さないかという誘いだ。

 自分にそんな誘いがくるのかと驚いた。

 政は迷ったあと、素直に困っているので無理だと伝えると、すぐに仲間内のサーバーにきてくださいと言われた。いきなりなんだと意図もわからないのでクリックすると、それは会社メンバーのものだった。

 あれよあれよと、通話に招かれると、そこには会社のメンバーがいたのでさらに驚いた。

「先輩、困ってるならいってくださいーー。俺の人徳で集めました! みんな仕事しつつですけどね」

「いや、お前のためじゃねえし」

「犬山が困ってるっていうからちょっときたし、仕事は大丈夫ちゃんとやってる」

「俺は暇だから」

「で、なに。どうしたの」

 声だけでは誰が誰かと思ったが、なんとなく聞き覚えのあるメンバーの声に政は戸惑った。

ふと沈黙が訪れる。

 全員が黙って政の言葉を待ってくれているのだ。

「ええっと、実は」

 狸に命を狙われている、というところはぼかしてある理由で江戸時代の食事、そして松山の狸伝説について調べていると白状すると

「ほら、これ」

 ぴっとサーバにアドレスが乗る。見ると松山の狸伝説を集めたサイトだ。

「こっち、江戸時代の食事のやつ。のせとくね」

「あ、狸の画像いります? 先輩」

「それは違うでしょ」

「松山だけの食事だと、こっち、専門家があげてる論文あるぞ」

「狸の画像をおくり」

「だからそれは違うでしょ」

 あれよあれよと探し物が集まったのに政は唖然とした。

「えっと、みなさん、いいんですか」

「いいってなにがですか」

 当然の疑問に、不思議がる声が帰ってきた。

「先輩は俺に仕事、丁寧に教えてくれたでしょ」

「そうそう。犬山には以前、仕事手伝ってもらったし」

「プロジェクトのまとめとか」

「探し物も手伝ってくれたじゃない? そのお礼よ」

 さも当たり前とばかりの言葉を政は呆然としたまま聞いていた。

「俺は、嫌われていると思ってました」

 つい、また本音が出てしまう。

「俺はあまり人当たりがいいほうではないので、まさか、こんなよくしてもらえるなんて思ってませんでした」

 自分で言っててなんだか卑屈な言い回しだなと思ったが実際そうなのだから仕方ない。こんな風にみんながフォローしてくれるとは思わなかった。

 政は自分でも人付き合いが得意ではない自覚はあった。

 理由は、嘘をつけない。

 つきたいときは度々ある。けれどどうしてもつけない。これはもう生まれもった性格だ。

 嘘をつく――自分で間違っていると思うことをすることが出来ない。人に合わせることも社会では必要だと思うが、そうしていいのかといつも躊躇い、結局自分の正しいと思うことをする。おかげで友人関係は皆無だ。

 もっと器用に、人に合わせられたらと思うことはいつもある。

 母の食事をおいしいと嘘をついて食べることが出来なかった。

 妻の食事も。

 人を傷つけると思いながらも。

「犬山、お前は不器用だけど、誠実だ。嘘をついたり見栄をはらない」

 同期の声がしてぎくりとした。

「それは確かによくないところも多いが、美徳でもあると思うぞ。俺はそう思ってる。お前の仕事は丁寧だし、根気もある」

「そうだよ。ちょっときついところも、とっつきづらいところもあるけどさ」

「助けられてるんだし、もうちょっと自分が必要とされてるって自覚したら? あのことがあってすごく参っていたから休みとれってみんなでいったのは、立ち直ってほしいからよ」

 優しい言葉に、喉が締め付けられ、目頭があつくなるのがわかった。

 自分が妻と上司の不倫騒動でもめたせいで会社には迷惑をかけてしまった。

 長期休暇をとったのは、ていのいい厄介払いだと思っていた。

 実際は違ったのを知れたことは驚きと少しばかりの気恥ずかしさがある。

「それで、まだいる?」

「もうちょっと具体的な資料がいるなら探してみようぜ。あと松山にいるんだろう? そっちどんなかんじなのか話せよ」

 促されて政はすんっと鼻を一度すすったあと、迷い迷って

「猫がいました。二足歩行で歩く」

「え」

「まじか」

「動画寄越せ」

「テレビ出れますよ。先輩」

 それぞれの反応に政は口元を緩めて、

「とても素晴らしい猫なんですよ」

 自分のことを嫁などとのたまう猫だが。


 時間ぎりぎりまであれこれと手伝ってくれた同期たちと、今度はリモートで飲もうと約束をした。

 気が付くと部屋のなかは薄暗く、時計を見れば七時手前。

 電気をつけて必要だと思う資料については手元のノートに手書きをしたり、スマホにデータを転送した。

 頭と目を使いすぎて疲れ果て、よろよろと居間にいくとぴかぴかの部屋になんだか安心した。

「あ、政さん。ごはんですよ」

 と台所から猫がひょいと顔を出してきた。

「本当に掃除と飯作りしちまった」

 などとさくらが納得いかない顔をして、盆を運んできた。

 心からほっとして、安心する自分に驚いた。

 緊急事態に、受け止めようと奮闘してくれる猫がいること。それがこんなにも心を穏やかにしてくれる。

 なのに自分は猫に不誠実だと最近いやでも思う。

「おなかへったーーー」

 玄関から声がしてみると、三太がリュックを担いでどかどかと入ってきた。

「あい、すいませんよ」

 六角もいる。

 大人数だが、猫とさくらは事前に用意した料理を手早く並べてくれる。

 たけのこの煮物、ふきの串焼きはみそつけ、白ご飯、菜の花とはまぐりの煮物、うずらとせりの入った味噌汁。

 食事をすると胃のなかにじんわりとぬくもりが広がり、ほっと息を一つ吐き出していた。

「おいしい」

「いいですなぁ」

 三太と六角が笑うのにさくらはがつがつと食べている。

「……」

 不思議な感覚に政は襲われた。

 こんな風に人と食事をする、ということ自体をあんまりしてこなかったせいか。

「政さん、どうかしました」

 横で猫が不思議がる。

「いいえ。ただ、いいなと思って」

 食事を嫌っていたときはこんな気持ちにならなかった。

 味覚があるからだと思っていたが、自分の傍に人が寄り付いて、そして食卓を囲んでくれる。

 それはとても幸せなことなのだろう。

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