第5話 おおごとになってる

 どうして観光課と思ったが、三太が「観光地ってわりとそういう神様関係の逸話の土地があるでしょ? だから観光課は対モノノケ対策もしてるの」とあっさりと教えてくれた。

「あっちこっちで狸の姿も目撃されてるから、交通課の人たちも狸ひかないように大変だって、うちの家の奴らが教えてくれたよ。狸の総大将が動いてるだろうって、泡吹いちゃって一部の人たちは怯えてるっていうし」

「・・・・・・そんな大物なんですね」

 しみじみと政は呟くと三太は今更だよ、と呆れた顔をする。

「大物だよー。めちゃくちゃやばいって、だって、あっちは愛媛一の霊力主である狸だよ。生半可なやつじゃ勝てないし、狸たちを集結させてるっていうのがさー。ほんと、やばいよ」

 自分なりに危機感はあったつもりだが、こうして話を聞くと本当にやばい立場に追いやられてしまったのだということは理解した。

「政さん」

 不安そうな猫の視線に政は今更だが自分は一人ではないのだと自覚する。

「猫・・・・・・しばらくあなたは、三太くんのところに」

「だめですよ。夫婦ですよ」

「まだ仮というか、お試し期間ですから、夫婦ではないでしょう」

「にゃーーん!」

「だから、あなたが俺に義理をたてたりする必要はないんです。安全なところに」

「お試しでも、夫婦は夫婦です。私、政さんから離れませんからっ」

 ぴしっと足にしがみついて、爪までたててくる猫に政は嘆息した。

 気持ちは嬉しいが、狙われているのが自分だけなら猫は安全なところでぬくぬくしていてほしい。

「あー……憑き物は、宿主からあんまり離れられないし、宿主が死ぬとき、その憑き物も一緒に死ぬことあるよ、政さん」

「え、死ぬんですか?」

 唐突な真実に政はびっくりして三太を見た。三太は言いづらそうな顔で政を見つめて説明してくれた。

「だって、憑き物って人についてるからさ。政さんのいく場所、つまりは領域を移動出来てるけど、政さんが在る一定の距離まで離れたらこの家からは出られなくなると思うよ」

「・・・・・・どうして、そんな」

「それが憑き物ってもんなんだよ。猫ちゃんは昔、この犬山家に憑いたときは家から出られなかったし、今は政さんに憑いてるから政さんから離れられない。政さんが死んだら・・・・・・一族契約だと、本家である建物である家に再び憑くしかないけど、政さんたちの場合は個人だから・・・・・・政さんが死んだら猫ちゃんも一緒に死ぬんだと思うよ。あー、ごめん。これ基本の基本だから、説明してなかったよね?」

「・・・・・・はい。されてませんでした」

「ごめん。こんなことになるとは思わなくて説明省いてた」

「つまり俺が死ぬと猫も死ぬ」

「うん」

「そんな理不尽な」

 政は頭から血がひく音をいま、はじめて聞いた。

 あまりの重みに思わず息すら忘れた。

 一方猫のほうは

「一蓮托生というやつですね!」

 と笑顔だ。

 どうして笑えるんだ。

「あなた、それでいいんですか」

「なにがですか」

 きょとんとした顔で逆に聞かれるのに政は言葉を一瞬探してしまった。

「だって、俺が死ぬとあなたも死ぬんですよ」

「そうですよ。それでいいです」

「どうしてっ!」

 つい、怒鳴るように政は猫に詰め寄っていた。

「え、だって、私、政さんと夫婦ですし」

「夫婦ですが……旦那が死んだら、自分も死ぬなんて無理心中もいいところじゃないですかっ」

「だって、独りぼっちよりはマシですっ!」

 猫が怒鳴り返してきたのに政は頬を叩かれた気分になった。

「だって、銀治郎さんたちも、死んじゃって、私、見てるしかできなかったんです」

「・・・・・・」

「独りぼっちで家に置いていかれて、骨になった、銀治郎さんを見てるしかなかったんです。だからもし死ぬなら独りぼっちじゃないほうが、いいです」

 憑き物として、十代目のものと婚ぐ――という盟約を持つ猫は、それまでずっと犬山家の、この家に憑いてきた。

 ずっとずっと、独りぼっちで死んでいく人々を見守り続けてきた。

 その孤独を、今更、政は思い知らされた。

 置いていかれる寂しさは少しだけわかる。

 妻が自分を置いて、一人になったから。

「けど、俺は、あなたを連れていきたくはないです」

「政さんのよわむし」

 頬を膨らませる猫に政は笑った。皮肉ぽく。

「弱虫で結構です。自分の命に他の人の命や人生がかかっているなんて重すぎます」

 いや、そんなの人生のあっちこっちであることだと思い直す。

 夫婦になれば、その連れ合いを置いていくことで、あとの人生を。

 道を通行しているだけで車に轢かれて死ぬかもしれない、逆に自分が誰かを行為的ではなくても傷つけたりすることもあるかもしれない。そんな危険や不安ななかを自分たちは当たり前みたいに生きているのだ。何事もなく、ちゃんとここにいる。それはある意味では奇跡みたいなものだ。

 政は、今までの人生、多くをなくしてきた。

 孤独であることは慣れっこだ。

 けど、こうして自分になにかあればと心配してくれる人たちがいて、一緒に死んでもいいという者までいる。

 これはうかうかと死ぬわけにはいかない。

 実は、自分が死ぬことで片付くなら安いのではないかと一瞬だが考えていた。

 猫のことは三太に頼んでおけばなんとかしてくれるだろうし、自分ではなくても犬山家の血筋が途絶えなければ猫を解放もできるだろう、とも。

 猫の真剣な瞳に、自分は自分に対する価値がとても低いのだと思い知らされた。

 同時に、ここまで大切に思われているのだともはじめて自覚した。

「政さんっ、ご無事ですかって、おや、大人数ですな」

 玄関から顔を出したのは六角だ。

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