第4話 身に覚えないんですが?

 今まで猫が二本足でごはんをつくったり、狸がしゃべったり、神様がいるとか憑き物筋などの摩訶不思議な出来事は、まあ目の前で起こったことだからと受け止めてきたが今回についてはさずかに理解の範疇を越えていた。

 夜桜を見に行ったら狸の総大将に宣戦布告をされる、などという事態をどう受け止めたらいいのか。

 それも、彼の配下である愛媛に住まうすべての狸つきときたものだ。

 うそだろう。

 刑部狸のトンデモ宣言に反論する前に、六角が政と猫、さらに三太を連れてその場を逃げ出した。

 彼は巨大な狸の姿で夜を駈け、家まで連れて帰ってくれた。

「とにかく、大将にかけあってみます。あの方はどうも政さんと昔の因縁相手をとり間違えているようです」

 とだけ言い残し、六角はすぐに去ってしまった。

 いつもへらへらしている三太も真面目な顔で

「これは、さすがにやばいから、政さんは家から絶対に出ないで。俺は俺で調べてみるし、打てる手は打つから」

 焦るように行ってしまった。

 一人と一匹の反応から大変な事態だということはわかったが、どうすることも出来ない政と猫は家のなかに取り残された。

「どうしましようどうしよう」

 足元で緊張から行ったり来たりをする猫を抱っこして

「寝ましょう」

「え」

「心配してもどうせ出来ることはないので、いつも通り過ごしましょう」

「あ、はい」

「そういえば俺、食い損ねてるんですか」

 ぐぅと政のおなかが鳴ったのに、ふふと猫が笑った。

「……おにぎり作りましょうか」

「お願いします。その間に風呂をわかしておきます」

 そんなわけで政と猫はおにぎりの夕飯を済ませて、風呂にはいり、しっかりと寝て起きた。

 翌日。

 いつもの時間になっても三太は現れず、仕方ないので政は言われたように外に出ないかわりに、隠神刑部狸について検索をかけた。

 すぐにヒットした。

 日本でも屈指の名の知れた狸のようだ。

 隠神刑部狸は愛媛に住まう狸たちの総まとめであり、松山城を守護するほどの霊力を有した存在だ。

 江戸時代に松山城でのお家騒動で久兵衛に負けて使役され、最終的には武太夫によって封じられたとなっている。

 ここで気になるのが、久兵衛という名だ。

 どうも細かく調べると、いくつかの逸話があるが、当時謀反を起こそうとしたのがこの人物で、それをさせまいとしたのが刑部狸。

 策略にはまって負けた刑部狸はしぶしぶ、久兵衛に協力して悪さをすることとなる。

 武太夫も調べてみると、どうも人物そのものは平凡な人間らしいが、その持っていた木槌が妖怪たちの長のものだったから勝てた、実は妖怪の長だと書かれた記述にどこまでが本当なのか、まったくわからない。

 ただ松山ではかなり人気の狸で、このお話は映画化もされている。

 そういえば歩けば狸の置物が多いとは思っていたが、ここらへんのせいか。

「おーい、ぶじかー」

 大声に政はぎくりとした。

 誰かと思って立ち上がり、そろそろと玄関に近づいていく。

 田舎でも、常に鍵をかけるくせをつけるべきだと猫にはさんざん口にしたが、どうもまだ習慣になってないらしく、近づいていくと勝手に玄関の戸が開けられた。

 開け放たれた玄関の前、どーんと仁王立ちする十代前後の娘はむっと政を睨んできた。

 古風な茶色の着物姿で、どこの娘かと思ったらつかつかと近づいてきた。

 勝ち気なまん丸い瞳と癖のある髪の毛がとても愛らしい。

「無事かっ」

「あなたは」

「え、わからないのか」

 困惑した相手に政も小首を傾げた。

「おいらだよ、おいらっ」

 じれったそうに自分のことを指さし睨み付けてくる、そのふてぶてしい様には見覚えがあった。

「・・・・・・まさか、狸ですか」

「おう! 師の元で修行して変化を覚えたんだぞ」

 ふふんと得意げに笑う顔に政はほぉと感動の息をついた。

「すごいですね。化けてる」

「おう。もともと筋がよかったからな。すぐに覚えた。おかげで電車やバスに乗ってここまで来たんだぞ! たった一時間たらずとはな! おいらの死にかけたのがばかみたいじゃないか! 人類の繁栄おそるべしだぜ」

「お金は・・・・・・まさか、化かしてないでしょうね」

 たぬきやきつねの化かしといえば、葉っぱで作ったお金だ。

「安心しろ。師のところでばいとっていうのをして、稼いだものだ! それより、お前、総大将と喧嘩するって本当か」

「喧嘩・・・・・・」

 なんとも可愛らしい言い方だ。

 あれはそんな生やさしいものではない、はっきりとした殺意があった。

「あなたも、もしかして敵になるんですか」

「・・・・・・おいらは、お前らに恩がある。だから総大将のご命令でも、戦う気はないよ」

 狸は俯くと、悔しそうに続けた。

「本当は、味方をするって言いたいけど、師がさ、お前なんていてもなにもできないよって言われた。まだ変化を覚えたばっかのおいらじゃあ」

「・・・・・・けど、こうしてここまで来てくれんたですね。心配して」

「当たり前だろう! お前らには姫のことで世話になったし、おいらも、すごく・・・・・・助けてくれたし、だからおいら、総大将にアンタたちとの喧嘩をやめてくださいってお願いに行こうかと思ってさ。おいらみたいな一狸はおめどおりっていうのできないらしくて、門前払いだったけどさ」

 ひどく苦しげな顔をする狸に政は静かに微笑んだ。

「ありがとうございます。そうやっていろいろと気を遣ってもらって」

「おいらたちは、恩に報いる。それはどんなえらいやつでもとめらんねえもんだ」

 ゆっくりと狸が顔をあげた。

「さくら」

「え?」

「おいらの名前だ。師からもらったんだ」

「・・・・・・さくらさん」

 狸――さくらの耳がぽんと出て、尻尾も出た。変化が中途半端にとけた姿でもじもじしている。

「へへへ、へへへ。おいらの名前、よばれちまったぜぇ」

 子供みたいにとても純粋に喜ぶ姿を眺めていると、どすっ! 後ろから背中が蹴られた。

 うぐっと政は呻いて、前のめりによろけながら振り返ると猫が仁王立ちをしている。

 あ、これ、跳び蹴りしてきたやつだなと政は察した。

「浮気ですか、政さん」

 いつもの笑顔はどこえやら冷気すら漂う真顔で問われた。実に怖い。

「なぜそうなるんですか、猫。こちらはさくらさん、あのときの狸ですよ」

「え、うそ。あーーー。たぬきさんですかーー」

「えへへ。こんにちは、ねーさん」

 さくらが照れて手をふると、怒っていたのもどこえやら猫が嬉しそうに飛び跳ねて歓迎している。

「政さん、猫ちゃんって、わー、なに、知り合い?」

 マウンテン自転車にのってやってきた三太がさくらを見て目をぱちくりさせている。

「あのときの狸さんですよ」

「ちぃーす」

「化けられるようになったんだ。へー」

 三太は意外そうにさくらをまじまじと眺めて、へーと感心したのもつかの間、あっと声をあげて真剣な顔で政たちを見つめてきた。

「それより、ちょっとやばいかも。いま松山城、閉鎖してるの知ってる?」

「閉鎖?」

 松山城は、基本、観光客のスポットとして開かれている施設だ。それどうして唐突に閉鎖したのかなど政には知るわけもない。

「総大将のせいだよ。あの人が城の門をしめちゃったみたいで、てんてこまいだよ。観光課の人たちが慌てて神主よんで儀式しておさめようとしてるけど、まったく聞く耳もたないって」

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