第2話 再会し

 昼間は活気に満ちている松山城が青くライトアップされて幻想的な雰囲気を漂わせている。

 夜桜、というものがどれだけいいのか政にはイメージ出来なかった。

 そもそも季節イベントをほぼガン無視してきた人生だ。

 食べることが嫌いだから花見やクリスマス、海に行くこともしなかった。

 理由は至極簡単。

 イベントごとには食べることが必ずついてまわる。それが苦痛でたまらないため避けてきたのだ。

 両親も政が食べることが嫌っていることを知っていたから、すすんで何かしようとしなかった。

 妻にしてもはじめの一年は躍起になっていたが政の反応が微妙だと勝手に一人で楽しむようになった。

 だから何もかも初めてで、どう反応していいのか迷ってしまう。

 松山城を見上げる、そこへと至るタメの広い道--そこに植えられたいつもの桜。頼りない街灯のなかにピンクの花びらが舞い踊る。洒落をきかせて、地面に置かれた日本傘がより幻想さをひきたて、観光客たちがこぞっと桜の下で写真をとる。

 騒がしい人々を横目に甘い香りを政は肺いっぱいに吸い込む。

 空気は驚くほど冷たい。

 自分たち以外の観光客の笑い声も聞こえてくる。

 城がたたずみ、街を睥睨している。

「きれいですね」

 猫が横で笑い、手を引っ張ってくる。桜のよく見える広場の端では街が見える。

「きらきらしてる」

 猫の視線の先に街の明かりが――宝石箱を開いたときのように輝いている。

 東京の街はどうだっただろうか。

 政は思い出そうとしたが、出来なかった。興味がなかったし、そんなものに目を向ける余裕が自分にはなかった。

 ずいぶんと損なことをしてしまったな、と今更だが思った。たかだか夜の明かりごときでと言われそうだが、今、その美しさとかけがえのなさを知ることができた。

「政さん、素敵ですね」

「ええ」

「……そういうときは、君のほうがきれいだよっていうんだよ、政さんってさ、わりとだめだよね、そういうところ」

 背中からつっこむのは。にやにやと笑う三太だ。

「生き物と街では違うでしょう」

「えー。なにその反応。それでよく結婚できたよね」

 呆れた顔をする三太に政は眉間に皺を寄せた。自分はすごく真面目に考えて答えたはずだ。

「ふふ、政さんらしくて私は好きですよ」

 猫が笑う。とても嬉しくて、楽しいと言いたげに。その顔を見たとき、政は瞬きも忘れた。

 すとんと、なにか落ちる音がした、気がしたからだ。

 手に入れた、その感覚を掴もうと口を開こうとしたとき

「では、上にいきましょうか。狸の総大将殿に会うチャンスですよ」

「あなたじゃないんですか?」

「私は、あくまで代行ですよ。我々の総大将は隠神刑部様と決まっております。ちょといろいろとありましてね、今は松山城のなかに引きこもっているのですが、桜の季節には甘い香りに誘われて出てくることもございますから運がよかったら会えるでしょう。さ、上に行きますよ」

 手を伸ばされたので意味がわからないまま政は重ねていた。

 にやりと六角の唇がつり上がる。

 あ、これは早まった。

 そう思った瞬間に、六角の姿が人から巨大な狸に変わった。

 ひっと政が声をあげたのは、ほぼ強制的に六角の背に乗る羽目になったからだ。

 目にもとまらぬ早業で六角は地面を蹴り、飛び上がると桜を足場にしてさらにうえへ、うえへとのぼっていく。

 野生の獣おそるべし。

 政は目を回すほどのスピードで、ただ光と夜しか見えない刹那。

 と

「政さん、着きましたよ」

 六角の声に我に返った。

 ぐわんぐわんと頭がまわっている状態の政は視界に広がる光景に息を飲んだ。

 光と闇を自分は見下ろしている。

 それでようやく自分がどこにいるのかわかった。

 松山城の屋根の上だ。

 これはだめだ。

 くらりと意識が飛びそうになったのに政は上を見て数字を数えることで必死に落ち着こうとした。

「さて、夜桜だ! 酒だ酒ぇ。あ、たこ、どうする? とれたてだぜ」

「たこは刺身にして食べましょうよ。お紅ちゃんは?」

「お、おまんじゅうです!」

「なにいってんだ、たこならたこめしが一番だろうがぁ! 俺様はからあげだぞ~~」

「はわわ、ここからも電車みえませんかねぇ」

「うちは蕎麦のつけあわせの天ぷらですよ!」

「自慢の蕎麦とそば茶もありますよ!」

 狸たちは狸たちでかしましく、各々食べ物を持ってきた食べ物を広げている。

「私もお弁当を」

 猫も積極的に混ざりにはいる。見た目が狸とあまり変わらないので違和感がない。ちなみに夕方に作っていたのはロールキャベツとつくしの卵とじ。政が好んで箸を向けるものだ。

「政さんも食べようよ」

 三太はちゃっかり、小皿を受け取って狸たちの持ってきたものをぱくついている。

「よく、こんな場所で平気で食べてますね。三太くん」

「いやー、だってさ、憑き物筋っていっても結局俺ら人だから。こうやってあっち側の奴らと付き合うなんて滅多にないから余計、楽しまないと損かなぁって」

「そうなんですか?」

 三太は前回の狸事件もあっけらかんと受け止めていた気がする。今回の花見にしてもこんな風に楽しむ余裕があるように伺えれた。

「だって、あっちは化かしのプロだからね、こんな風に付き合うことがすごいっていうか、あっち側がその気じゃないと無理なんだよね。だからこっち側の奴らにとってバケモノって一種の神様なんだよねー……実際近い存在ではあるかもね。日本はすべてのものが神として奉られるし……いろんな地方でこうしてそれぞれの神と生きる人、あと知らない人間がいる。それがこの世界のコトワリってやつなんだよ」

 三太が目尻を緩めて、にっと笑った。

「政さんはすごいよ。こっちにきてすぐに、狸たちとこんな風に付き合えるんだから。何も知らなかったのに、わりとすんなり受け入れてるのは政さんのほうだよ」

「そう、でしょうか」

 ちっとも実感がわかない政に三太は苦笑いした。

「俺はここの育ちだけど、こういう奴らとはあんまり付き合いないよ。付き合いっていっても、ギブ&ティク。向こうは人と付き合いはやぶさかないけど、やっぱりバケモノにはバケモノの価値観とかある。それは人に計り知れないものだからね」

「……確かに、そうでしょうね」

 変化を解いた狸の姿でわいわいがやがやしている。

 ただの動物に見えるが、それでもこんな――松山城の屋根で宴をする――などと現実的にありえないことをさらりとやってしまう存在。

 自分が今まで見ていた世界は、人が文明を発達させた、ごまごまとして、少しだけ窮屈で、味のない世界だった。

 こちらにきて、それが変化した。

 味がある。

 世界が顔を変え、人でないものととの別の世界があることを知ることができた。

「政さん、ずっとこっちにいればいいのに」

 しみじみと三太が口にする。

「なんならうちで雇うよ。あ、うち、わりとでかい家だからさ、仕事ないから困るってことはないよ。なんで迷ってるの?」

「……」

 口を開こうとして、ためらって、閉じた。

「なんかさ、最近いろいろと調べてるよね? それも関係あるの?」

 ずばりと聞かれて政は目を伏せ、意を決して顔をあげと、きらきらと輝く街の光のなかに包まれている猫を見た。

 猫が振り返って、笑ってくれる。

 自分は



「久兵衛殿」


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