第7話 ほら、観光もしなきゃ
「子分いうてすんまへん、けど、この通りや」
たぬきにもつむじはあるらしい。
政は何度目かの光景を今度はしげしげと見つめた。
ひな祭りをする商店街を通り抜け、裏手にある田んぼに連れてこられると、唐突にたぬきが土下座――本狸はそのつもりだろうが、どうみても寝転んでいる姿にしか見えない。
「姫を助けてあげてくださいな。人間どもが今夜盗むいう話を聞いたんです。姫はすごく古くて、価値あるって人間どもが話してました。けど、姫はあのまやって娘を守るための儀式中なんです。今盗まれたら……」
「まやって子が危ないのか」
三太がなにもかも理解したという顔で頷く。
「ひな祭りの加護は女の子のためのものだからね、あの女の子、お雛様の加護がないとあっという間に死んじゃうだろうね」
平然と口にした言葉に政はぎょっとした。
「やと思います。姫は、それを心配してるんです。だから、今年の祭りだけはなんとしても成功させたいんですって」
「うーーん話はわかるけど、俺ら、その手伝いして見返りはあるの」
「……ないです」
「だよねー。じゃあ、俺はパス」
三太の冷酷ともいえる言葉に政は驚いた。いつもなにかと世話をやいてくる印象だが
「政さんどうする」
「俺は」
「一応いっとくけど、相手は人間だよ? 話し合いなんて出来ないだろうから危ないよ」
それは妖怪関係であれば話し合いの余地があるということかと政は言いそうになって口をつぐんだ。
三太が言いたいこともわかる。
盗みをしようなんて悪党相手に話せばわかるなんて道理はない。たいして妖怪関係は縁や繋がりを重んじるので人間よりもずっと対応の方法があるように見える。
政は考え込んだ末、口を開いた。
「こういうときは、しかるべき警察などに」
「こっちとら狸やぞ」
たぬきがジト目で噛みつく様に言い返した。
「警察なんて相手してくれるかいな。むしろ、こっちとら追われる側じゃい」
「・・・・・・でしたら俺が警察に言います。それでどうですか」
盗みの話が本当かどうかの信憑性の問題もあるが、下手に首をつっこんだら危険なことは三太の言葉で政は自覚した。
自分の手に負えることと、負えないことの分別はつく程度に政は大人だ。
たぬきが俯いた。
「そうやな。それがええんかもしれん」
「すいませんが、これがこちらの出来る精一杯です」
「ああ。そうやな。アンタらは関わりのないのに、ここまで迷惑かけた。それなのにここまでしてくれてる。ありがたいことや」
まるで自分自身に言い聞かせるようにたぬきに政はなんともいたたまれない気持ちになった。
たぬきは気を取り直したように顔をあげた。
「警察に連絡、よろしくたのんます」
ぺこりと頭をさげてきた。
たぬきが去っていったのに、政はすぐに商店街の端っこにある駐在に向った。
いたのは、もう定年目の前かという髪の毛が全部真っ白なおじいちゃんだった。不信な会話を聞いと告げても
「こんな田舎のひなさま盗んでどうすんじゃろうね」
と一言。
これで本当にいいのかと心配になるほどにのんきな態度に政は面くらったほどだ。
観光しようという三太に連れられて、のどかな道を歩く。
「あれで本当によかったのでょうか」
「んー、けど人間の問題は人間が解決しなきゃね。ねぇ、猫ちゃん」
「あ、は、はい」
猫の顔は明るくない。
「けど……狸さん、助けを求めて松山まできたんですよね。すごく遠いのに」
猫の言わんとすることはわかる。
松山から車飛ばせば一時間そこらかかるが、歩きであれば山を二つほど超えることとなる。坂道も、車も多い、長いながい道をあのたぬきは腹ぺこで倒れるのもかまわずやってきたのだ。並みの覚悟ではなかったはずだ。
「あのさー、全部を助けてたらキリないよ、冷たいけどさ、出来る範囲のことはしたんだから、というか、むしろ、善意がすぎるっていうか」
「三太さんだって、俺にいろいろとしてくれたじゃないですか」
頭をぼりぼりとかいて呆れる三太に政はささやかな反論をした。
「それは憑き物筋っていう同族だからだよ。ここまできたのは観光したいのもあったしね。俺は基本的に人には優しくないよ?」
憎まれ口をたたいてくる。
横にいる猫がぐいっと服をひっぱってきた。
「ちゃんと警察の人、動いてくれますよね?」
「人の税金で生活してるんです。怠慢はないでしょう」
政の言葉に猫が安堵したように微笑んだ。
納得できない、けれどこれが正しい。
大人になったら、そういうことは増えていく。いくつもの選択肢があって、そこから選ぶ――自分には出来ないことをどんどん諦めて、出来ることにたどり着いく。
政は別に夢や希望が多い子供だったわけではない。スポーツは好きだったが人よりうまいわけではないとある程度歳をとって理解した。食べ物をあまり食べないから体力がつかないのだ。だから諦めた。別にスポーツ選手になりたいという夢があるわけではないが、限界を感じたからだ。
今就いてるエンジニアの仕事は性に合っていたから苦とは思わなかった。
ちらつくのは家族と、逃げていった妻のことだ。
「あいたた」
思考に没していた政を現実に引き戻したのはか弱い声だ。
見ると、畑仕事帰りらしい八十をこえたくらいのおばあさんが地面にうずくまっている。以前なら無視していたが
「大変ですっ」
猫が声をあげて駆け寄っていく。
「大丈夫ですか?」
「腰がいたくってねぇ」
「あらやだ、大変」
おろおろと本人よりも猫が不安がっている。これはさすがにほっておけない。
「どこまでいくんですか」
政は仕方なく声をかけた。
「そこの道の駅まで」
「わかりました。俺が背負います。くわとかは猫や三太さんが運んでくれますか」
「いいよ」
「はいっ」
二人が返事をくれたので背中をおばあさんに向ける。
「どうぞ」
「まぁ、優しいこと」
背中に重みがしのかかるが、思ったよりも軽い。
政はおばあさんが言う方向にゆっくりと歩き出した。のどかな道を歩くのは、なにもないがそれだけで心が穏やかになる。
「はぁ、いい男だね、わしがもう十年若かったら」
「十年程度では無理ですよ」
きっぱりと政は言い返した。いくらなんでも十歳若い程度では相手は無理だ。こちらだって選ぶ権利がある。
「そうですよ、この人は私のお婿さん、いえ、旦那さんなんですよっ」
横を歩く猫がぷりぷり怒っている。
「あら、お似合いの夫婦だねぇ」
「いえ。まだ付き合っていない、お試し期間ですよ」
「はうっ」
いつものやりとりだが、しょんぼりしている猫に政はいい加減にしてほしいと口を開こうとしたとき
「あー、アイスあるよー。俺食べたいっ」
ようやく道の駅まできたのに三太が声をあげた。
見ると旗に名物、星のアイスクリームという文字が踊っている。
「アイスっ」
落ち込んでいたくせにもう立ち直って目をきらきらさせている猫に政は口を噤んだ。
道の駅は屋台も出てにぎわっていた。
その土地でとれた名産品を売っているというので、多くの観光客がやってくるのだ。
おばあさんをあいている椅子に座らせ、屋台で三太はさっそくアイスリームをかってきた。
「ここは夜空がきれいなんだって、そのイメージのアイスだってさ」
「へぇ」
「政さん、いらないの?」
「いっぱい食べましたから」
「私は食べますよ。いくらだって!」
猫はその体のどこに、そこまで入る胃袋を持っているのか謎だが、アイスをうまそうに食べている。
「おばあさんもどうぞ」
「ありがとね。若いの」
「いいよ。いいよ。んー、おいしい」
夜空をイメージということで黒いアイスリームに色とりどりの星の飾りがついている。
「名物で星がきれいなのはやはり」
「はい。政さん、黙って、それ以上言うと、地元の人を敵に回すからさ」
三太に冷たい目を向けられてしまった政は手持ち無沙汰で視線を猫に向けた。
アイスリクームを美味しそうに食べているのを見ると心が和む。
猫が視線に気が付いて、アイスクリームを差し出してきた。
政は深く考えずかがみこんで、口を開いた。
ぱくり、と一口、食べる。
冷たくて、甘い。そしてなめらかな味だ。確かにうまい。
「おいしいですねって、なんで真っ赤なんですか」
「う、うう」
猫が真っ赤になって唸っている。
「政さん、だいたーん」
「最近の若者はすごいのぉ」
三太とおばあさんにも言われて政は自分がとても恥ずかしいことをしてしまったのかと自覚した。顔に血が集まるのを感じる。
「いや、だってあなたが差し出してきたから」
「出しましたけどぉ、まさか食べるなんて、ううう」
二人して真っ赤になって見つめあってしまった。
「ふふ、いいのぉ。らぶらぶふぁいあーじゃのぉ。さて、ありがとね、助かったよ。この恩は必ず返すよ」
おばあさんがアイスクリームを食べつくすとひょいと椅子から飛び降りた。
腰が痛いといっていたのに驚くほどに素早い動きだ。
傍らにあったくわを持つと手をひらひらと振って歩いていく。
「……なんなんだ、あれ」
「さぁ。化かされたんじゃない? 歩くの大変でさ」
「ふふ、狸さんだったりして、面白いじゃないですか、ああいうおばあさんがいるっていうのも」
三太と猫の言葉に政も口元に笑みを作って、そうかもしれませんね、と言い返した。
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