あの日の後悔

MAY

第1話

「待ってっ……!」

 真夜中、自分の声で目が覚めた。

 視線の先は真っ暗で、伸ばした手には何も掴めない。

 あの時と、同じだ。


 私には、年の離れた弟がいた。

 可愛がっていたかと言われると、自信をもってイエスとは言えない。

 弟は、難しい子供だった。日がな一日絵を描いていて、やめさせようとすると暴れる。たまには外に連れて行こうと引っ張りだしたところで、地面に絵を描く有様だ。

 当時、私は小学生。自分が遊ぶのが一番大事な年ごろだった。だから、両親から面倒を見させられることに、私は正直、辟易していた。


 夏の、暑い日だった。

 私は友達と川辺で遊んでいて、弟は少し離れた場所で絵を描いていた。

 止めさせようとすれば手が付けられないが、弟は絵を描いてさえいれば大人しい。

 見晴らしもいいから、うっかり迷子になることもないだろう。そんな風にして、弟の手を放すことは、珍しくなかった。それなのに。


 キイイイイイ、と引き裂くような声がした。

 弟だ。絵を止めさせようとすると叫ぶのだ。

 すぐに振り返った私の目に映ったのは、見知らぬ男に担がれた弟の姿だった。


「ちょっと、何するの?!」

 慌てて叫んだのが悪かったのだろうか。それとも、もうどうしようもなかったのだろうか。

 弟をかついだ男は、ちらりと私を見て、走り出した。

 河原の上には道があり、そこに車が止まっている。

「待ちなさい! 待って……!」

 必死で駆け出した。

 けれど、小学生の足などたかが知れている。


 車に引きずり込まれて、泣き叫ぶ姿。

 それが、弟を見た最後だった。

 残されたのは、弟が持っていたスケッチブックだけ。

 今でもずっと、持っている。

 忘れようにも忘れられない。一瞬たりとも消えてはくれない。


 私のせいだ。あの時私が目を離さなければ、弟は今も元気で絵を描いていたはずだ。

 私の責任だ。


 だから、私はずっと、あの子を探している。

 見つけ出すまで、私に平穏は訪れない。

 必ず、必ず、見つけてみせる。


 涙を拭いて、暗闇に誓う。

 私は必ず、あの日の後悔を晴らすのだ。

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あの日の後悔 MAY @meiya_0433

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