第6話 記憶

「非合法なビジネスを生業にしている企業って、それなりにあるんですよ」

 小早川は言う。

「法や倫理を無視して……、善良であるべき、守るべき規範を簡単に飛び越えちゃって、そして、その辺りの少なくない需要に応えるビジネスをしている企業。もちろん、表向きは清廉潔白な顔をしている、そんな企業ってそこそこあるんですよね」

 言っている内容は批判めいたものだが、それがさも当然と、他人事の様に小早川は言う。

「なんだ、それは。化粧品会社が暗殺を裏稼業としてやっている、みたいな事か」

 上手くもない例え話をオレは言ってみる。

「ま、そのような事です。化粧品会社はどちらかと言えば、ココの上顧客ですけどね。もしかしたら、ココと似たような裏稼業をやっている化粧品会社もあるのかも知れませんが」

 小早川はおそらく、この部屋の所有者でありオレを改造した組織の事を『ココ』と言っている。『我が社』でも『うち』でもなく、『ココ』と。そこには違和感がある。小早川は、『ココ』の構成員ではないのか。いや、まさか。

「後藤さんが勤めてらした会社も、表向きはキレイな企業イメージで日本全国に知られた会社ですしね」

「会社、それがどうにも思い出せない。会社がオレを売ったと言っていたが、オレは……」

 オレは、どんな会社で、どんな仕事をしていた? この部屋で意識を取り戻す前、ここで一年間意識を失っていたというその期間のその前、オレは、どうしていた?

「そうですよね。後藤さんの身を引き取る時の、その会社との契約で、後藤さんの頭の中から、その会社に関する記憶一切を消し去るというのがありましてね。消しましたから、その辺の記憶」

「なに?」

 小早川のまるで重みを感じさせない口調の説明を聞き、オレは思わず言葉に怒気を込める。小早川はそれを意にも介さず続ける。

「そりゃあ、怖いですよ。どんな恐ろしい改造を施されるのかも分からない存在に恨みを持たれたらと想像すると。恨まれて、いつか何かをやり返されに来たらと思ったら、夜も眠れないってものじゃないですかね」

 頭の奥が熱を帯びる。なんてことだ。オレを売った張本人を思い出して恨む事すら、オレには許されていないのか。怒りで体中がこわばる。喉と口の中に小さく激しい気流が生まれている。そして、オレの身体のどこかから聞こえる『シュー』という音が少し大きくなったようだ。

「なるべく、その会社に関する記憶以外は消さないように気を配りました。会社以外の事は思い出せるんじゃないですか?」

 京子きょうこ……、志穂しほ……。妻と娘の顔を思い浮かべる。だが、こんな身体でアイツらの元に帰れるものか……。家族で慎ましく幸せに暮らしていた記憶をとめどなく頭の中に浮かべる。一体全体、どうすればいいのだ。

「記憶操作時の副作用で、多少は頭がボーっとしているかも知れませんが、僕との会話は問題なく交わせていますね。経過は良好ですね」

「ふざけるな! オレを元に戻せ。そして、解放しろ!」

 仰向けのまま、オレは叫ぶ。京子と志穂の元に、当たり前の姿のオレで帰らせてくれ。

「んー。その要求が通るか通らないかは別として、後藤さんのその願いは、後藤さんの感情的に、矛盾があると思うんですよね。」

「なんだ?どういうことだ?」


「後藤さん……、後藤さんの身体を僕たちに預けて、再度改造手術をさせたいですか? 僕たちが、後藤さんを元の人間の姿に戻すと言ったとして、後藤さんは僕たちを信じられますか?」

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