常に夜にする灯り、だから常夜灯

半私半消

普通、主人公側の道具じゃないよね

「しかし、本当にあったとはな」と勇者が呟く。

「いや、お前が嘘を吐くとは思ってなかったが、そんなアイテムが実在するとは信じられなかったもんで」

「私も驚いてますよ、ここまで言い伝え通りとはね」と賢者が返す。


 洞窟の最奥にあったそのアイテムは、いとも簡単に入手できた。

 普通のオイルランプに見え、泥で汚れていたが、不思議と全く錆びていないようだ。彫られているレリーフも、今まで立ち寄ったどの国の文化とも似ていない上に、驚くほどにきめ細かい。なにか超常の力を有している、と感じるには十分だった。


「これあれだな、カレーを注ぐ容器に似ているな!」と戦士が笑う。

 神妙な気持ちになっているところに水を差されたせいか、賛同の言葉はなかったが、少なくとも勇者は共感した。

「ひとまず、これで奴らの更なる暗躍を未然に防げた。よかったよかった!」

 そう、魔王討伐に直接関係しないであろうこのアイテムをわざわざ取りに来たのは、闇に潜む存在である魔物に先に取られたら危険だ、という指摘が賢者からあったからだ。

 ただでさえ夜目が利く魔物が多いうえに、夜行性の獣族はより活発になる。そして夜には、アンデッド族の弱点の日の光がない。魔物にあまりに有利すぎる。


「んで、これなんて名前だったっけ?」

「言い伝えでは、こう命名されています。『常に夜にする灯り』……だから『常夜灯』と!」

「……マジックアイテムとは思えない響きですね」と魔法使いが零す。


「あ、ちょっと待ってくれ」

「なんですか、戦士?」

「もしかして『常夜灯』の中に油が余ってたりしないか? 俺らのランタンの燃料がもうなくなってきてるからさ」

「ちょっと確認するわ」と、現在『常夜灯』を手にしている勇者が蓋を開けようとする。


「待ってください!」と賢者が制する。

「夜を生み出すようなランプが、普通に油を燃やして使用するのか分かりません! なんなら、その蓋を開けた途端、中に留まっていた夜があふれ出すかも……」

 それを聞き、すんでのところで蓋を開けるのをやめる勇者。


「……いやでも、注ぎ口の部分は既に開いているのだし、漏れ出すってことはないと思うのだけれど……」

 なるほど、魔法使いが言うことももっともだ。

「じゃあ開けていい?」

「……いえ、使用方法を確かめましょう。『常夜灯』が置かれていた場所に何か書いていないか、もしくは『常夜灯』そのものに記されていないかを探してからです」


 かくして、説明書の探索が始まったが、ランタンの油が尽きるまで洞窟内を調べるものの、何も手掛かりはなかった。仕方なくダンジョンを出る。

 となると、そのものに記載されているのか? ひとまず、泥汚れが

酷いから洗って、乾いた布で拭き取って──


「しまった!!」賢者が叫ぶ。

「え、何、また俺なんかやっちゃいました?」と、拭き取っていた勇者がその手を止める。

「『不思議なランプは擦ると起動する』、うっかりしていました、こんな重要なことを忘れてしまっていたなんて……!」

「えっじゃあ──」と言う間もなく、注ぎ口から黒いモヤのような何かがどんどんあふれ出していく。


「何のために取りに行ったんだよ! これじゃあ意味ねえじゃねーか!」

「お、落ち着いてください! 苦しい! 胸ぐら掴まないで!」

 戦士が手を離す。賢者が呼吸を整える。


「……停止させる方法が『常夜灯』に載ってませんか。勇者?」

 言われた通り、未だ夜を吐き出し続けている『常夜灯』をよく観察する。しかし、綺麗な模様が彫刻されているだけのように思われる。読めない言語で記されている感じすらしない。

「これ、俺が知らない文字だったりしない……?」と賢者や魔法使いに確認するも、好ましくない沈黙しか返ってこなかった。


 あれから、自力でいろいろ試してみた。注ぎ口を塞いだり、蓋を開けて(結局、油どころか何も入っていなかった)水を入れてみたり、『常夜灯』を炉に放り込んでみたり。

 こちらが何をしようと、『常夜灯』は我関せずといった様子で、夜を吐き出し続けた。


 王からの手紙には「早く魔王を倒してくれ」「作物が未曽有の不作になってしまう」「気が滅入って変になりそうだ」「因果関係は不明だが高齢者の骨折も増えている」「ともかく魔王を倒して終わらない夜を終わらしてくれ」とある。

 そりゃあ普通この事態が勇者パーティーによって引き起こされているとは思わないだろう。その勘違いに助けられているが、正直に報告すべきなのでは、という意見でメンバー間でも割れてしまっている。


 一か八か、魔王側についてしまおうか……常に夜になったことで、あちら側はかなりのメリットを得ただろうし、その立役者ならきっと悪い処遇じゃないだろうし。何より、こんなことをしでかしておいて、人間社会が許してくれる気がしない。

 そんなことすら考えるほどに追い詰められていた勇者だったが、事態は突然に解決した。


 今なお『常夜灯』は夜を噴出し続けているのにも関わらず、朝がやってきたのだ。夜に終止符が打たれた。一か月振りのことだった。


 真相が判明したのは、魔王城に到着してからだった。

「そう、これが『夜でなくする錠前』……だから『不夜錠』! こいつに鍵を差し込むと夜が訪れなくなるってわけだ」

 嬉々として説明をする魔王。珍しい客人である勇者パーティーを前にして、テンションが上がっているのだろう。


「こちらとしてはずっと夜でもよかったが、植物族からの不満の声が上がっていたのでな」

「……つまり、『常夜灯』へのカウンターとして作動させたことで、互いに効果が拮抗しあって、結局通常通りの昼夜が巡るように戻った、と?」

「流石は賢者だな。話が早い!」

「はは、どうも……」


「十分な備蓄があったが、農業に影響が出るのは分かっていた。いくら闇を好む性質を持つとはいえ、食い物がなくなってはおしまいだ。まあ、一か月ぐらい堪能してから戻せばいいか、と思ったわけだな」

「……本当にありがとうございました!」と全員で頭を下げる。

「いやいや、困ったときはお互い様よ」


 この事件をきっかけに、魔王は部下の魔物を思いやる存在であると判明し、また、人間を襲っていた魔物は魔物のなかでもならず者の類であって、決して侵攻の意図があったわけではない、と知られるようになった。

 その後、人間社会と魔王軍は講和条約を結ぶことになる。単なるアクシデントから始まった事態が、和睦の一因になるとは。


「それにしても、『常夜灯』はなぜ急に動きだしたのかのう?」

「さ、さあ……」

 平和になった後も、あの事故は勇者パーティーの共通の秘密となった。

 今も変わらず、置き直された洞窟から『常夜灯』は夜を噴き出し続けている。

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