第18話 夫、勘違いに気づく

side ユキ


「ふぅぅ…」


僕は夜風に当たりながら久しぶりに感じる『酔い』をタメ息と共に吐き出した。つむっていた目を開けて目の前の光景を眺める。夜の遊覧船、いわゆるパーティークルーズていうのかな。その船上に今僕はいた。


昨日ほのちゃんと話している時に来たメール。その一通がこの『高校の同窓会』のお誘いメールだった。本当は行く気はなかった。だけどあのまま家にいても気まずかったし、それに気分転換にはちょうどいいかなと思った。


「ねーねー、優姫ぃー!たまにはストレス発散がてら私と遊んじゃおうよぉ!」

「おい、既婚者子持ちに手を出すんじゃねぇ」

「いやだぁぁあ!優姫様結婚しちゃったぁああ!私の神がぁああ!」

「お前いつまでクラスのマダンシ(訳マドンナの男版)追っかけてんだよ、現実を見ろよ。あれおかしいな、何か目から汗が」


しかしこの惨状。みんな酔っ払っちゃって気分転換どころかみんなの相手をしなくてはいけなくて少し大変だった。

ここに昏葉さんがいれば間違いなく助けてくれるし、非色ちゃんがいてくれれば上手く場を回してくれるだろう。でも今はいない。

…。こんな時でも昏葉さんに頼ろうとする自分がいて嫌になる。

だけど高校時代自分をいじめてきた男子たちの姿はない。それが救いかな。


腕時計の時計の針が24時前を示す。

もう随分と時間が遅くなった。


少し前に酔った女がふざけて昏葉さんに『お前の旦那は預かった!そして私の旦那にしてやるぜぇ!!ひゃっはー!!』と電話していて肝が冷えた。

大丈夫だよね。でも昏葉さんだったら僕のこと心配してるかもしれない。なるべく早く帰ったほうがいいかな。


もう!って僕が怒ったら、電話をした女は平謝りしてきたので許してあげた。そのあとみんなの前で延々と高校時代どれだけ僕のことが好きだったのかを聞くという拷問を受けた。

でもこれがほのちゃんが言っていた『素直に自分の内心を打ち明けて話し合うこと』なんだろう。

帰ったら僕も昏葉さんと話さなきゃね。


「うおっ!なんだありゃっ!?」

「わぁっ!?」

「えー!?」


そのとき女たちの驚く声が聞こえた。このパーティークルーズに飛び乗る人影。月光に照らされた金髪が風で揺らめいていた。


「あ…昏葉さん…」


昏葉さんがパーティークルーズに飛びのってきた。


「無事?」


「え?うん…あ」


昏葉さんは少し怪我をしているようだった。

僕は治癒魔法は使わずに急いでポーチの中から消毒と絆創膏を取り出し手当を施す。


「ありがとう…」


そして二人の間に気まずい沈黙が流れる。


昏葉さん怒っているだろうか。

チラッと顔を伺うと昏葉さんは同級生たちに向けて鋭い視線を向けていた。女たちは射すくめられて顔色を青くさせていた。

もしかしてさっきのいたずら電話の件で怒っているのだろうか。


「あのっ…」

「あのさ…」


僕と昏葉さん、ほぼ同時だった。


「え?」

「あ?」


同時。


「どうぞ」


「ユキからで」


今度は少しだけ僕が早かった。

日本人特有の譲り合いが起こる。

まあ一人はハーフだけど。

そんなどうでもいいことを考えていると昏葉さんはこちらの瞳をまっすぐ見て頭を下げてきた。


「ごめん。ユキとの大切な約束忘れてた」


「…ううん、僕の方こそ怒っちゃってごめんね…」


僕が大人げなかった。今ならわかる。あのとき怒らずに冷静に話し合っていればここまで喧嘩が長引くこともなかっただろうと。

僕が悪かった。

…でも。

僕は昨日ほのちゃんに言われたことを思い出し、胸のモヤモヤをそのまま放置せずに、素直に話す。


「でも忘れられてすごく悲しい気持ちになったよ」


「…そうか、それはごめん」


「でも僕もいきなり怒って悪かったです、ごめんなさい」


改めて僕は頭を下げる。

そして僕は昏葉さんに一通の手紙を渡した。


「これは…?」


「僕の気持ちだよ…」


「…?」


「ふふっ、もぅ、仕方ないなぁ」


不思議そうな顔をする昏葉さんに向けて僕は種明かしを始めた。


、、、、、



あの日、僕達は高校三年生だった。

外は雪が降り、冷えて唇がかさかさになっていた。


「実は私は暗殺者なんだ」


「…」


緊張した面持ちのクレハさん。いきなり電話で呼び出されて何事かと思ったが、これが要件であることを知り僕は少し安心した。


「失望したか?」


「ううん、薄々わかってたっていうか、やっぱりそうなんだ〜て感じかな」


あの日、運命の出会いを果たした日、僕を取り囲む明らかに堅気ではない女たちを一般人では目で捉えられない速さで御してみせたクレハさんもまたただ者ではないことはわかっていた。

不思議と昏葉さんを軽蔑したり、恐怖したりという感情は浮かばなかった。


「私といると、またユキを巻き込んでしまうかもしれない…」


「…」


実際、今日も僕は事件に巻き込まれた。

クレハさん曰く、所属していた元組織の構成員によるものだったらしい。

血気迫る表情の女たちが影から急に現れて、こちらに切りかかってくる様はたしかに怖かった。

でも


「私ならユキを幸せにできるって思っていた。しかしそれはただの思い上がりだったのかもしれない。ユキが望むなら私たち別れ、んむっ!?」


「んんっ…ぷはっ…」


僕はクレハさんの口を塞いだ。

二人の間に唾液の糸が架かる。


「ふざけんな…」


「え…」


「ふざけんなって言ってんの!」


「僕がいつ辛いって言った?いつ幸せじゃないって言った?少なくとも僕はクレハさんと一緒にいれて幸せだよ!

それに迷惑をかけるなら僕の方だよ!

昔から学校のこと、家族のこと、この力のせいで巻き込まれたこと、僕の方がっ、クレハさんに迷惑かけちゃってるっ…。これからたとえ襲われてもあなたがそばにいれば…それだけで僕は…うぅっ、ごめん、涙が…」


「!…すっ、すまないっ」


涙を流す僕をクレハさんは抱きしめてくれた。

慌てている。その様子に場違いにもクスリと笑いそうになる。


「もぅ…別れるとか言わないでよぉ…」


「わっ、わかったから、泣き止んでほしい…」


オロオロしていた。

その様子を見てつい我慢できずにクスリと笑ってしまう。


「む、ユキ今笑ったな。私は気が気ではないのだが?」


「ふふ、ごめん」


しばらくジト目で見られたが、

ならさ、と僕は提案をした。

互いが互いを支え合おう、と。

僕は元々の人間性や能力のせいで事件に巻き込まれてしまう。

クレハさんは暗殺者がらみのことで裏社会の者を呼び寄せてしまう。


「わかった、互いが互いを助け合い、支え合うことを誓う」


「僕ももちろん誓うよ」


「…」


「…」



「まるでプロポーズみたいだね?」


「…ユキ」


「卒業、したらね?」


「む、わ、わかった」


クレハさんは少し不満そうな顔をしていたが、すぐに気を取り直した様子。


「ユキ。『5年』だ。私の師匠がよく言っていたんだ、五年経っても気持ちが変わらないなら本物だ、と」


クレハさんのお師匠様が何かと『5』という数字を重宝したらしい。曰く、五年一緒にいればその人物の本質がわかるという意味が込められているらしい。


「だからもし五年経ってもユキの気持ちが変わっていないならまた教えてくれ」


、、、、、



「ほらね、今日は誓い合った記念日なんだよ。昏葉さん忘れちゃってたけど…。昏葉さんから言ったんだよ?『五年経ったらまた返事を聞かせてくれ』って。…あれ?」


何か違くないか?


今僕は二十五歳だ。その誓い合った日は高校時代の十八歳の冬。そこから五年後といったら…


「あれーっ??」


「ふ、なるほど。そういうことか」


昏葉さんは納得の表情を浮かべていた。


「ユキは勘違いをしていたんだ。私は五年後の二十三歳の時にユキから何か返事がほしいと言ったんだ。しかしユキは無意識に二十五歳と勘違いした」


「つまり僕は勝手に『五年後』を『二十五歳の五』と勘違いしてたってこと!?」


「そういうことだ」


「〜〜゛っ」


恥ずかしさと罪悪感が物凄いスピードで湧き上がってくる。

うそうそうそうそっ!?

じゃあ全部僕の思い込みによる勘違いってこと!?


「じゃ、じゃあ!昨日!この一緒にいた男の人はなんなんですか!?」


僕はケータイに保存してある一枚の写真を昏葉さんに見せる。そうだ。僕はもう一つ昏葉さんに問い詰めるべき事柄が残っていたのだ。昨日きた『もう一通のメール』だ。そのメールには仕事中の昏葉さんが美少年と仲良さそうに会話している姿の写真が添付されていたのだ。

僕は勘違いした恥ずかしさを紛らわすように早口で問い詰めていく。

しかしそんな僕の追及にも昏葉さんはサラッと答えた。


「それは私の後輩で、任務で一時的に男装していた女だ」


「ふぇ?」


開いた口が閉じない。ぼふんと一気に顔が真っ赤になったのが自覚できた。恥ずかしすぎて頭が沸騰しそうだった。


「じゃあつまり全部僕が一人勝手に勘違いして勝手に怒ってたってこと…?」


「そういうことになる」


「…」


頭の中に安堵や羞恥、罪悪感が駆け巡る。

あまりにも多くの感情により脳の処理に失敗した僕は


「うわぁぁぁあぁあああああ!!」


海に向かって叫んだのだった。


.

.

.

.


そんな二人の様子を望遠鏡で眺める一人の女の姿があった。その女の特筆すべき点は『容姿』。

暗闇の中で輝くヒスイ色の瞳、グラデーションカラーの髪。まるでオーロラのようだった。

彼女の姿を見た者は彼女が放つ神秘性から精霊や女神を連想するだろう。


「よかった、よかった〜」


は二人の姿を望遠鏡で覗き込みながら満足気に微笑む。

あれならもう心配はなさそうだね。


「あぅ…ぁ…」


「あー、君、まだ意識あったんだー?」


それは昼間昏葉と共にいた七瀬非色とは別種の冷たい声が辺りに響く。

辺りには複数の黒フード赤い円と祈る男性像が刺繍された女たちが気絶し倒れていた。

気絶していなかった最後の女を僕はマスケット銃で殴り意識を刈り取る。


「僕の大切な人たちを傷つけるような真似はさせないよ」


「…」


「ま、気絶してるから聞いてないよねー」


敵の無力化を確認したのでふっと力を抜く。


「ふぅぅ、このモード疲れるんだよねー、また髪の毛茶色に染めないといけないしさー」


本当に不便だった。この髪色をくれはやユキにバレないように振る舞わなければいけない。

…あの二人ならこんな僕でも受け入れてくれるだろうか。いやそれは無い。

と知ったら、きっと二人は僕を軽蔑し、もう二人とは親友でいられなくなるだろう。


「ねぇ、”世界最強の暗殺者”クレハ・フィーメール…”光の貴夫人”織宮優姫…君たちは信じてないようだけど、僕本当にシャーロックの末裔だよ…つよつよ名探偵なんだよ」


僕の能力は『即解』。

どのような難題でも解がすぐに頭に浮かぶ。

それは未来予知にすら及ぶ。

たとえば、大切な男が誰と結ばれれば幸せになれるのか、それすらも読めるよ。辛いところだけどね。


この力を使い、今日も裏方から二人のサポートを行った。同窓会のメール、ユキへ浮気リークメールを送ったのも全て私。もちろん二人の仲を引き裂きたいからではないよ。むしろ逆で、二人がより強固に絆を結べるように手を回したのだ。


今後二人に襲いかかるを乗り越えるために必要なことだったからね。

少し二人にはキツかった体験だったかもしれないけど、結果的に予知通り上手くいったのでよかった。


「さて、帰って寝よー」


今日は色々と疲れた。残りの仕事は睡眠をとってからにしよう。


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