第17話 妻、過去を振り返る2
「あつい…」
私は額の汗を拭った。
夕方になっても夏は気温が高いままだ。
蝉の鳴き声がそれを助長させる。
これは三年生に上がり、私が18歳のときの記憶だ。
(ん?…遅いな)
私は今日もユキと下校するために校門前で待ち合わせをしていた。
今日ユキは少しだけ委員会に顔を出す用事があった。だから待っているのだが、もう一時間は越えようとしている。
何か問題に巻き込まれたのか、見に行こう。
私がそう思った時に一人の男子生徒が私の横を通り過ぎていった。
「待って」
咄嗟に腕を掴む。ユキだった。顔を伏せていたが私が見間違えるわけがない。
ユキはまるで私の目に入らないように隠れて帰ろうとしているかのようだった。
「離して…」
「…」
ユキは私に手を離す気がないことを知ったのか諦めて顔を上げた。
「!」
ユキの目元が赤かった。
それに改めて見るとユキの髪や服が所々濡れていた。
「…何があったの?」
私はユキを校内の人の目がないところへ連れて行き何があったのかを聞いた。泣きながら語るユキの肩を抱き、頭を撫でてあげた。
しばらくしてユキは落ち着きを取り戻して詳しく話してくれた。
「いじめか…」
聴くと二年の時に同じクラスだった男子たちに陰湿ないじめを受けたみたいだった。委員会のあと、トイレで水をかけられたらしい。日本のマンガで見たことがあるな。まさか現実であるとは。
「下着姿の写真も撮られちゃって…」
「…」
言葉が出てこなかった。
「それで…クレハさんと別れないと、この写真をクラスの女子たちにばら撒くぞって…言われて…」
「そっか…」
「うん……」
「…話してくれてありがとう。もう大丈夫だ、あとは私がなんとかしておくから」
実際に後日、ユキに対していじめを行っていた男たちの犯罪行為を露呈させてしっかりと制裁を加えておいた。
そしてダメ押しとして、自身の暗殺者としての技術を用いていじめを行っていた男たちの知られたくない秘密を載せたメールを彼らの家族や友人宛に送信しておいた。
これで懲りたことだろう。もしまたやるようならそのときは…。
そして彼らにとって皮肉かこのイジメが奥手なユキを動かし、二人の関係を発展させることになる。
私はユキが落ち着いたのを確認して帰宅を提案する。しかし制服の袖をユキに掴まれて次の言葉を囁かれたときは私自身どうしたらいいのか判断できずに戸惑ってしまった。
「クレハさん…ひとりにしないで…もっと一緒にいたい…」
結局、私はユキに手を引かれるがまま彼のお家に向かうことになった。
歩いている途中繋いだ手からこの胸のドキドキが聞かれないか心配だった。
暗殺者として色々な状況を経験している私だが、関係なかった。好きな男の家に行くのなんて初めての体験、緊張しないわけがなかった。
「…」
「…」
互いに一言も話さずにただ互い汗の滲む手の感触を確かめながら、ただ足を動かした。
「お邪魔します…」
ユキの家は少し高そうな一軒家だった。
これは後にわかる事だが、ユキの母の再婚相手は政府高官の女の息子のようだった。つまりお金は持ってるということ。話が逸れた。
私たちは途中のコンビニで購入したジュースやお菓子を持って、二階にある部屋へと向かった。
「…っ」
もわっとした室内の熱気とともにユキの生活臭が鼻をくすぐり思わずじっくりと深呼吸してしまった。
ユキの部屋は学校でのイメージとは少し異なり、甘々のロリータ系で統一されていた。タンスやベッドなどは当たり前にピンク、ベッド上などには可愛らしい人形が、備え付けられている鏡はフレームピンクのハート型、ハンガーに掛けられている服はフリフリの物が多い。
一目でユキの趣味で作られた部屋ではないことがわかった。
「あついねぇ〜」
帰宅道中から緊張で会話がなかったユキが言葉を発した。シャツをパタパタさせて自分のベッドへ向かっていく。
ベッドの上に鎮座していた人形の一つをぽんっと乱雑に投げて私の座るスペースを確保してくれた。
動きにまだ少しぎこちなさがある。ただ先ほどよりも緊張はほぐれているようだった。
そんなユキはベッド奥に置いてあったクーラーのリモコンを取ろうとベッドの上で四つん這いで這っていく。
「きゃっ!?」
ばふんっ
我慢できなかった。
気づけば私はユキのことを押し倒していた。
自分の腕の中にいるユキと見つめ合う。
「あ…あの…あぅ…」
今まで見たことのないくらいユキの顔は真っ赤だった。瞳が潤み、頬が上気していた。
しかも少し服が濡れていて扇状的だった。
そういう欲のコントロールは暗殺者の学校で取得したはずだったが、今は全く効きそうにない。
「いい?」
私は半分くらい意味をなさない最終確認を行う。
「!…あっ、あの…僕、初めてだから…やさしくして、んむ!?」
ユキの言葉を途中で遮る。私は情欲のままユキの唇に己の唇を重ねた。柔らかくて美味しい。好きな人とのキスはやはり幸福感に包まれる。
「んんっ…」
私も初めてで上手くできているかわからない。
しかし奥手なユキに変わり私がリードしないと、せっかくのやる気になってくれたユキに申し訳ない。このチャンスを決して逃しはしない。
どくどくと頭の底から脳内物質が湧き上がる。凄まじい興奮だった。反対にユキを気持ちよくさせないといけない、傷つけないようにしないといけないと冷静な自分もいて不思議な感覚だった。
「んっ」
私は一応昔習ったハニトラ術、個人的に見たことのあるエロビデオの女優の動きを記憶の海から引っ張り出し参考にし、手をうごかし、ユキを高めていく。
しかし脱がせるフェーズで緊張からかうまく指が動かなかった。一度深呼吸し、慎重に脱がせようとするも中々ボタンが外せなかった。
下手だと思われているだろうか、がっつかれていると思われているだろうか。
不安に思いちらっとユキの顔を伺う。
「大丈夫だよ…ゆっくりで」
ユキは慈しむような表情を浮かべて優しく私の髪を撫でてくれた。
とくんっ。あ、今私完全にユキに落ちたな。
そう自覚した。
ユキのそういう気遣いできるところが本当に好きだ。何の心配もいらなかった。難しいことを考える必要はなかった。
ユキが私の全てを受け入れてくれる。
もう一度深呼吸をすると先程の緊張が嘘のようになくなっていた。
「んっ…少し恥ずかしいね、えへへ…」
最愛の人が下着姿でベッドに横たわっている。瞳は潤み、頬は上気し、自分の愛撫によって表情は惚けていた。
私はそこでプツッと完全に理性の糸が切れた。
…いけないっ。
少しピンク色に思考が逸れた。
目的を見失った。
今すべきことは、過去にユキとしたであろう約束事を探ること。
軌道修正せねば。
ん?これは…。
次に浮かび上がってきた記憶。
この日は、たしかーーー
三年の冬だった。
雪が降る中、私はユキと対面し、なにやら緊張した様子を浮かべていた。
「あのさ、私は実はーーー」
寒さと緊張でぱさぱさになる唇に喝を入れて私は何かを話していた。
かつての記憶。
しかし詳細まで思い出せない。
だが確信があった。
あと少し、もう少しだ。
喉元まででかかっている。
だけど
ぷるるるるるるるっ
そこで記憶の海から打ち上げられた。
「思い出話に花咲かせてたら夕暮れになっちゃったね〜」
「…あぁ」
時が戻ってくる。
私たちはあのままカフェで思い出話に花を咲かせていた。テラス席で心地よい空気のもと、人の数もまばらで、さらに話が弾んだ。
目の前のコーヒーはたいぶん前に空っぽになっていた。
ふぁ〜と七瀬があくびをして言った。
「それよりさ電話にでなくていいのー?」
ハッとなり私は七瀬に一言断りを入れて電話に出た。
きっと今、私は旧友と話して油断していたのだろう。
「お前の旦那は預かった!そして私の旦那にしてやるぜぇ!!ひゃっはー!!」
「…」
電話口から頭のネジが数本飛んだ女の声が聞こえた。私は完全に油断していた。ユキの電話で知らない女が出た。それに
「くれは?どったの?」
「囲まれてる」
「え?」
私は電話を切った。気づけば私たちを目深に黒フードをかぶる者たちが取り囲んでいた。雰囲気的に自分と同じ裏世界の者だ。
右腕の所に自分たちの所属を表すマーク、赤い円と、祈る男性像が刺繍されていた。
「うそ、なっ、なんなのこの人たち!?」
「私から離れないで」
「りょ!」
ひぃぃいいと七瀬は私の背中に引っ付いてくる。
離れないでとは言ったがそこまでくっつけとは言ってない。…まあいいか。
(ユキ…)
それに今大切なのはユキの安全だ。
こんなことなら喧嘩なんてしなければ…。
私がユキとの約束事を忘れなければよかった。
しかし今は後悔しても仕方ない。
とにかく今は早く目前の敵を打ち倒しユキの元へ向かわねばいけない。
「ハァッ!」
私は敵に向かって武器を投擲した。
==================================
良かったら★やフォローなどお願いします!
投稿モチベーションアップに繋がります
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます