第16話 妻、過去を振り返る1

「クレハ・フィーメールだ。」


私が日本の高校に転校してきた日。

17歳の時だった。

ユキと路地裏で運命の出会いを果たしてから既に数週間経過していた。

組織を離反し、追っ手の始末に少々手間取ってしまったせいだ。


「えっと…それだけでいいのかな?」


担任は戸惑いの表情を浮かべていたが無視する。

私はお前に興味はない。私が気になる相手は一人だけ。

自己紹介を早々に切り上げ私は壇上から降りて席へ向かう。


「なぁ、あいつめっちゃ綺麗じゃね?」

「俺行っちゃおうかな…」

「はぁ!?無理だろ、かがみ!」

「うっ、うるさいわ!」


私を指差し黄色い声を上げる男子がチラホラ見えるが無視する。興味がない。

私はそのまま唯一興味を持った、あの日運命の出会いを果たした人のもとへ向かった。


「ユキ」


「え…」


「好きだ」


「え!?」


ユキは口をあんぐり上げて驚いていた。

そんな表情も可愛い、愛おしい、食べたい。うん。

路地裏の出会いからまだ日は浅いが、久しぶりに会ったユキはさらに可愛さに磨きがかかっているように見えた。


「すまない。少し用事があって遅れてしまった」


実際は追っ手の始末に手間取っただけだが。


「う、ううん。それは大丈夫だけど…あの…手…」


ユキは顔を真っ赤にしていた。

気づくと私は膝を折り、ユキの手を掴み、まるでプロポーズしているような姿勢をとっていることに気づく。


「ちっ、またゆきかよ…」

「ビッチ男が…」

「ほんと手が早いですことー」


「私たちの優姫ゆき様がぁ…」

「神は死んだぁ」

「やっぱり男って顔好きだよねぇ。泣ける。」


男子と女子でこれだけ評価が対比するのは珍しいとふと思った。

のちにわかることだが男からはビッチ、女からは聖者、聖父様と呼ばれているそうだった。


「…」


私は無言でスタスタと歩く。

もちろんその方向はーーー


「えっ、こっちにきたよ!」

「え、やばぁ!かっこいい!」

「ねぇ、クレハさんだっけ?ゆきなんかよりも俺たちとーーー」


ガァンッッ


「えっ、」

「ひぃぃいいっ!?」

「きゃぁぁああ!」


私はユキの悪口を言っていた男たちの机を蹴り上げた。

反応は様々だった。悲鳴を上げる者、椅子と一緒に崩れ落ちる者、恐怖のあまり漏らす者、何が起こっているか脳の処理が追いつかない者。


私はかまわず男の胸ぐらを掴む。


「いやっ、謝りますからっ、ゆるじでっ…」


「今度またユキの悪口を言ってみろ。そのときはお前の家族や友人諸共ころ…違った…とにかく覚悟して」


「「「「はい!」」」」


男たちは従順に首を縦にぶんぶん振っていた。

うん。これでいいだろう。


そして無事私は転校初日で生徒指導室に呼ばれた。

でも後悔はしていない。

その後ユキが庇ってくれて軽いお説教を受けるだけで済んだのは助かった。ユキを守るために転校までしてきたのに停学になんてなったら笑えないから。



懐かしいなぁ。

これがユキと学校での再会だった。


.

.

.

.


「あのときいきなり転校してくるなんて驚いたよ!」


「ごめん」


転校して数ヶ月たった頃。

私とユキは昼休みに屋上でオベントーを食べていた。もちろんユキの手作り。

鶏そぼろご飯の中に卵の黄色でハートがつくられている。


「ハート」


「う、うん…変だったかな?」


「いや、すごく嬉しい」


「そっか、よかった…」


ユキはホッとした様子を浮かべた。

でも少し恥ずかしげにはにかんでいた。

その表情を見て私は感情が溢れ出した。


「好きだ。結婚してくれ。」


そう言うとユキは慌てだした。

日本ではまずはお互いを知るため

『お付き合い』などの段階があることを知った。

私は少し焦りすぎたらしい。

今まで恋愛をしてこなかったから知らなかった。好んだ相手と子作りし子孫を残す、そのくらいしか知識がない。

そう思えばもう少しハニトラ学など、そういう方面のことを真剣に学んでおけばよかったと後悔する。


「あぅ…」


しかもユキは奥手で繊細だ。尚の事学んでおけばよかったと後悔。いや別に今からでも遅くないな。

よし帰ったら参考となる書籍や動画を漁ろう。


「ちぇー、見せつけてくれちゃってさ…。

ここにもう一人いることを忘れてない?」


この頃にはもう一人お昼を一緒する仲間が増えていた。七瀬非色。他クラスの生徒だ。

茶髪にヒスイ色の瞳を持つ、今まで世界中を飛び回り見てきた中でも美しい分類に入る少女だ。

今は仲間はずれにされてぷくっと頬を膨らませていた。


「ゆきくん、僕にはお弁当はないのかい?」


「非色ちゃんに作るお弁当なんかないよ?」


「辛辣っ!」


チラッ


「七瀬、やらんぞ。このベントーは私のものだ。

何があっても譲らない」


ユキの手作りベントー、絶対に死守せねばいけない。じりじりと近づいてくる七瀬から庇う。

そうしているとユキから話しかけられる。


「ね、フィーメールさん…」


「クレハ」


「フィーメ」


「クレハ」


「く、クレハ…さん。恥ずかしい…」


なんだ?照れた様子のユキがこちらに卵焼きを挟んだ箸を向けてくる。


「あーん…」


「自分で食べれるが?」


「あほか!」


私は七瀬に頭を叩かれる前に避ける。

暗殺者の動体視力を舐めてはいけない。

勢いを殺しきれずに七瀬は手をぶつけていた。


「いたぁぁああ!」


「だ、大丈夫!?非色ちゃん?」


ユキが心配そうに七瀬のことを診ていた。

む、ユキにあんな体を触ってもらえて、羨ましい。


「ゆきくんっ、僕は大丈夫!心配するならそこの鈍感バカをどうにかしてくれ!」


「ん?」


「鈍感か!」


「あはは…」


悔しいそうな七瀬、呆れたように笑うユキ。

しかし、わけのわからない私は首を傾げるのだった。


懐かしいな。

そして少し惜しいことをしたな過去の私。

せっかくのユキからのあーんだったのに。

仲直りしたらまたしてもらえるだろうか。


.

.

.

.


それから数ヶ月。学園祭当日。

私はこのイベントでユキに改めて真剣に交際を申し込んだ。 


「すきだ」


「え…」


今は学園祭の催しでユキはメイド服を着ていた。

主に女子たちの要望が多く、押されるようにユキは承諾していた。

今すぐにでもお持ち帰りしたい。自分だけのメイドにしたい。

私その欲求を必死に抑えて自分自身で決めた任務を遂行する。

膝をつき、百本の薔薇の花束を取り出す。


「結婚を前提として真剣なお付き合いをお願いしたい」


「ほ、本気?」


「うん」


日本ではこういうお祭りのときに告白すると成功率を高まると雑誌に書いてあった。

…やはりその効果はあったようだった。


「わ、わかったから!そこまでしなくていいよ!

付き合う!付き合うから!」


「ほんとうか!?」


初めてユキの口から聞いた

私はこみあがってくるよくわからない感情のまま、

ユキに近づいた。


「クレハさん?」


「大切にする、ん」


「んんっ!?」


ここは裏庭とはいえ、学校だ。

人の目がある。しかしそんなことはどうでもいい。

私は全身で情熱的にユキのことを抱きしめて深い口づけを交わす。


「ふ、ファーストキス…しちゃった…」


「!」


真っ赤な顔を手で覆うユキの言葉に私はドキッとする。本当はもっとしたかったが、理性が勝った。

がっついて嫌われたくない。

焦らなくていい、これから育んでいけばいい。


こうして二年の秋、私は学園の三代美人の一人、を手に入れた。

この時はまだユキは織宮ではなく、花園と名乗っていた。複雑な家庭の事情だ。


そしてこの学園祭はのちに『嘆きの学祭』または『葬式』と呼ばれて伝説を残すことになる。

というのも、女たちにとってアイドル的存在だったユキに恋人ができた。そのことはユキを狙っていた女たちを絶望に突き落とすのも容易だった。

女たちは一時的に精神が闇落ちし、この学祭はそう命名された。


懐かしい。

しかし、転校してから付き合うまでの過程で

ユキと何か約束をしたわけではなさそうだ。

さらに思い出す必要がありそうだ。次は私たちが三年生だった頃の記憶を探ろう。



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