第15話 妻、親友と会う。
side 昏葉
「ユキ!」
土曜の朝。起きると既にユキの姿はなかった。
一瞬また誘拐されたのではないかと疑ったが、玄関や家中には家族以外に起動するトラップだらけだ。
それにスイッチを押せばユキでも簡単に迎撃できるシステムが整えられている。
つまり誘拐ではなくユキは自分の意思で出ていったということ…。
「ん…」
スマホを見てもユキの居場所はわからない。昨日、新たな発信機をつける手もあったが、その隙さえもユキは与えてくれなかった。ユキの靴につけるなどの手法もあったが私にその考えは浮かばなかった。それだけ私には余裕がなかった。
「はぁぁ…」
反省。もう一度冷静になり状況を見直すんだ。
「まま?どーしたの?」
自分自身を戒めていると、こちらの苦労など一切わかっていなさそうな純粋な眼が私に向けられていた。
「だいじょーぶ?」
娘の蛍だった。いつもは私のことをライバル視しているはずなのだが昨日そして今日と妙に私にべったりだった。
もしかして心配してくれているのだろうか。
まさか…な。
「んにゃっ、にゃははっ、くすぐったよぉ」
私は蛍の頭をがしがしと撫で回した。
愛おしい。
しばらくそうしていると不思議と気分が落ち着いてきたような気がした。
「もう大丈夫、蛍のおかげで元気出た」
「ほんと?」
「うん、だから後はママに任せて」
「うん!」
そうだ。しっかりせねば。私はこの子の母親だ。
きっとユキとも仲直りできる。
私はこの後の予定を頭に描き出しながら蛍と一緒に家を出た。
.
.
.
.
無事蛍を保育園に預けてきての帰り道。
仕事は後輩に押し付けて私はある商店街へと来ていた。
無論親友に会うためだ。
(もう奴に頼るしかない…)
私はそう考えてアレックスを両手で抱えて活気のない商店街の奥へと入っていく。
ちなみにアレックスを連れてきたのは奴が喜ぶから。奴は『ワトソンくん!』と呼びアレックスを慕っていた。
「ワフッ!ワフッ!ワォォオオン!!」
動物由来の鋭さからかアレックスは全力で『嫌々!』と言うように必死の抵抗をしてきたが世界最強の暗殺者を舐めてはいけない。ホールドしてがっちり固めている。
目的の場所へ向かう途中の商店街のある一角。そこには『キープアウト』、ここから先は立ち入り禁止を表す黄色のテープが貼ってあった。
「いた」
そこで目的の人物が見つかった。
「うわぁあああん!刑事さん話聞いてよぉおおお!」
「はいはい、わかった、わかった、探偵ごっこはもういいから」
必死に刑事の足にしがみつき、ずりずりひきずられる探偵服を着た一人の女。
「お嬢さんも暇だねぇ、恋人の一人でもいないの?」
「うわぁぁああああん!この刑事、傷口に塩塗ってくるぅぅうう!!」
何気ない刑事の一言が胸に突き刺さったみたいだ。探偵らしき女は泣き始めた。
私はしばらくその女と刑事のじゃれあいを眺めた。
「やあ!久しぶりだね!くれは!」
「あぁ、非色」
しばらくしてすっかり気を取り直した女が近づいてくる。
改めて全体像を眺める。いわゆる探偵帽子、探偵コートを着る、茶髪ボブ、宝石のようなひすい色の双眸を持つ女。
「ん?どしたー?」
そしてアイドル顔負けの美顔の持ち主。
「もしかして、久しぶりにあった親友の美少女っぷりに言葉を失ったかい?」
パイプタバコを咥えて、つばの部分をクイっとして決めポーズを取っていた。
「…」
「む、無視とはひどいじゃないか」
どう反応すればいいか困っただけ。
こういうところは相変わらずだ。少し安心した。
「ゆきくんとはうまくいってる?」
「うん」
「そっかぁ…それはよかった!」
「…あぁ」
一瞬表情が曇ったのを見逃さなかったわけではない。しかしあえてスルーする。
「あと僕は非色ではなくシャーロックだよ!」
「最近のパン焼け具合はどう?」
「それベーカリーだよ!僕ちゃんとパン屋のお仕事頑張ってるよ!ちなみにシャーロックはベーカー街!」
安心する。この面白くなさ。
「え?辛辣…。ていうか今の僕が悪いの?どちらかというと振ってきたのはくれはだよね?」
私が暗殺者であることを知らない日本の高校でできた親友。
それが名探偵シャーロックの末裔を自称する、
.
.
.
.
私たちは近くのカフェに入り近況を話し合う。
「最近、探偵事務所の方はどうなの?」
アレックスをこれでもかというくらいわしゃわしゃしていた非色が苦い顔をする。
その名の通り高校を卒業した後非色は探偵事務所を設立した。しかしその反応を見るに
「うー。芳しくないかなー。依頼が来てもペット探しくらいしかこないし。だから細々とパン屋でバイトして生活費を稼いでいるよ」
シャーロックの末裔を自称するだけで実績のない非色に依頼をする危篤な人物は少ないようだった。
「どうするの?」
「無論続けるよ!あの偉大なるお婆様に近づくため!」
非色が『お婆様』といって慕う祖母も探偵らしい。らしいというのは情報が集まらなかったから。
高校の時に興味本位で非色から抜き出せるだけ情報を抜き出し、調べるが、その『お婆様』らしき人物にはたどりつけなかった。
まぁ今はそのことはどうでもいいだろう。
「でさー聞いてよ!この前なんてさー女子中学生のヤンキーグループが事務所の前に居座っててね。
でも僕も強強の大人だから『そこどけよ』って注意したの。そしたらガン飛ばしてきてさー。あー今思い出しただけでもむかついてきたー!」
「で、ほんとは?」
「めっちゃ怖かったので泣きながら警察に電話しました。ねえー!めっちゃこわかったよー!!くれはー!!」
非色はぎゅっと抱きしめてくる。昔から人との距離が近い。そのおかげかもしれない。当時はユキしか興味のなかった私と仲良くなれたのは。
「さてと。世間話はそこそこに。くれは、僕を頼ってきたってことは何か僕に解決してほしい依頼があるんだよね?」
さっきまでの空気が一変する。真面目にモードになった非色は途端に雰囲気が変わる。私は未だに慣れない。
そのヒスイ色の瞳で私の全てを見透かしているのではないか、そんな感覚を与えてくる。
「うん、実はーーー」
あった出来事をできるだけ客観的に、余計な脚色はせず伝えた。非色はしばらく目を瞑り考え込んでいた。そして言った。
「なるほどわからん」
これだ。昔から頼りになるときは確かに存在するのだが、頼りにならない時は本当にならない。まじゴミである。それが七瀬非色クオリティ。
だから私は彼女を最終手段として取っておいたのだ(先延ばししていた)。
「ポンコツ」
「あー!今!この天才探偵である僕のことをポンコツって言ったなー!!」
はぁぁ…。今回はダメだったか。
私は心の中でため息をはく。
「ポンコツ」
「ポンコツっていうなー!!」
しばらくそうやってじゃれあい、旧交を深めた後、非色は真面目な顔で言い出した。
「とりあえず手がかりになりそうな学生時代を思い出したらどうかな?」
「なぜ?」
「記念日の話にしても忘れているのかもしれないしね。なんたって二人が最初に出会ったのは今から8年も前のことだ。最初から辿れば何か思い出すんじゃないかと思ってさ。」
なるほど。一理ある。
「それに僕も久しぶりにたくさんくれはと話がしたいんだよ。もちろんゆきくんのこともね。」
「…うん。わかった」
私は非色に従い、目を瞑り、記憶の海に身を委ねた。
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