第二章 夫婦喧嘩

第12話 第2プロローグ

その家はレンガ作りの洋風な造りだった。

庭付きで観葉植物の緑に囲まれたウッドデッキまでついている。暖かい日にそこで読書すればさぞ気持ちがいいことだろう。


しかし、そんな家の朝の食卓で今まさに由々しき事態が発生していた。


「もう僕出ていきます!」


黒髪黒目の華奢な男性が金髪赤目の女性に向かって何かを怒っているようだった。

ぷんぷんな様子で頬がぷくっと膨らんでいる。金髪の女性を見る目つきはするど、くはない。小動物が精一杯威嚇しているような感じだ。かわいい。


「…」


怒られた女性の方は思考停止したように固まっていた。何も言葉が出てこないようで口をぱくぱくさせていた。


「ママ…」


「にゃ゛?」


そんな女性の様子は珍しいのか周囲には不安そうに見つめる一人の少女となぜか猫のような鳴き声を鳴く犬。

女性はその両名に見つめられながら頭を抱えていた。



、、、、、



side 昏葉


「ふっふーん♪」


うちの夫はかわいい。

黒髪黒目の純日本人。

髪はサラサラ、まつ毛は長いし、肌は綺麗。

柔軟剤の匂いかいい匂いまでする。


キッチンでルンルンと料理する夫を

私は後ろからハグして見守る。

私はこの朝の時間が何よりも好きだ。

眼福だし、可愛いし、まさしく料理中の天使シャイニングクッキングエンジェルだ。


「はふっはふっはふっ」


リビングには犬のアレックス。

私が拾ってきた犬だ。しかし特に特徴はない。

今はユキがあげたドッグフードを食べている。


「んんっー!」


「これでいい?」


「えへへ、ありがと」


私は背の高さを利用して棚上のものを取ってあげた。

そしてうちの夫は小さくて可愛い。

でも本人に言ったらプンプンするので言わない。言ったら一時間くらい口を聞いてくれなかった。あの時は人生の終わりを感じた。だから決してそれを口にすることはない。


「〜♪」


再び料理に戻った夫のお尻をチラッと見る。

体もいい感じ…。

昨夜の夜も激しかった…。


むらっ


照れた時は少しツンデレぽくなるところ、人前では私をたてる奥ゆかしさ、それに炊事洗濯までできるときた、完璧な夫である。


「ユキ」


「んー?」


「なんでもない。よんでみただけ」


「…」


くるりとこちらに振り返ったユキ。

ジッと私の両目を見つめてくる。

だが次第に顔が真っ赤になる。

どうしたのだろうか。


「あ、あの、あなた、手が…」


「手?…あ」


気づけばユキの腰に回していた手がユキの体に悪戯していた。

昨夜を思い出して思わずムラついてしまったのか。

自制ができないとは私もまだまだ。


「んっ」


「ちょっと、あなた///」


ユキの唇にキスした。

昨夜もしたばかり、それに今は朝だからするわけにもいかない。今は我慢。


「んむ!?」


にゅるっと私の口に舌が侵入してきた。


「ぷはっ…えへへ、仕返し」


ぺろりと舌を出して悪戯っぽい表情を浮かべたユキ。その様子はまるで人の心を弄ぶ小悪魔のようだ。


「やられた…」


それにしても舌まで入れてくるとは驚いた。心臓が跳ねた。


女として、夫が性に対して積極的なのは嬉しい。

今の世の中、性に対して苦手意識を持つ男性が多いから。そんな中ユキは例外だ。欲が強い。

気を抜くと私の方が食われる立場になる。


「ふにゃぁ〜」


「!…蛍、おはよう」


瞬時に思考を切り替える。娘の前で母がだらしない思考をしているわけにもいかない。


「んー、ままおはよー」


織宮蛍5歳。私たちの子供。

ユキと同じくらい大切な存在で愛おしい。


「むぅ」


しかしそんな娘はユキとくっつく私の姿を見て少しだけ機嫌損ねたように眉根を寄せた。


たまにこうやって娘に敵視されている気がする。暗殺者である自分の感がそう告げる。

しかしそこに危険な雰囲気はなく、ただ純粋に娘がパパであるユキのことが好きなのだろう。私はライバルとして見られているのかもしれない。


「蛍ちゃん!自分で起きれてえらいね!」


ユキが蛍の頭をよしよししてた。羨ましい。

いつの日かも私もユキに頭を撫でられたくて頭を傾けたけれど気づいてもらえなかった。悲しい。


「ふふんっ」


「!?」


蛍がドヤ顔をこちらに向けてきた。

まさかこの”世界最強の暗殺者”である私が自分の娘(5歳)に煽られている?

だがしかし、私はユキにバックハグをしているのだ。こちらの方が上…。

何を5歳の子供と争っているのか。

大人なげなかった、反省。


「あなたもしてほしかったの?甘えん坊さんだね〜」


「!?」


私はいつの間にかユキに頭をよしよしされていた。

なぜ?顔に出ていた?


「なんとなくしてほしそうだったから…もしかしていやだった?」


「ううん」


ふるふると首を振り、ユキにされるがままになる。こういうとき気づいてくれるユキの気遣いが好きだ。


「ふふっ、目を細めちゃって…かわいい♪」


かわいい…か。どちらかというと女としてはかっこいいと言われたい。それに可愛いのはお前だとも言ってやりたい。


「ん?どうした?」


気づくとユキはぷるぷると口元を抑えて震えていた。

(可愛いと言われて少しぷくっと頬を膨らませる昏葉に悶え中なのだ)


.

.

.

.


家族みんなで食卓を囲む。

ユキと出会い、手に入れた日常。

母国であるドイツやその他海外を転々と飛び回っていた頃には予想していなかった。

まさか好きな男のために任務を放棄し、組織を離反し、ここ日本で暮らすとは。


「…」


私はふと思い出す。ドイツに置いてきてしまったけれど元気なのだろうか。私のたった一人のーーー


「ねぇ!話聞いてる?」


「あ、」


目の前にはユキの綺麗な顔。

私の返答がないから机からずいっと身を乗り出していた。


「…大丈夫?どこか具合でも悪いの?」


心配させてしまった。

私は動揺を隠すため手をあげて大丈夫の合図。


「それでね!日曜日はどうするかって話だよ」


今日は金曜日。

つまり明後日の日曜日に何かあるということ。

ん?なんだろうか?


「あなた?」


「あ、あぁ、そうだな、うん…」


やばい。何も心当たりはない。

何かユキと予定を立てていたか?

いや予定を立てていたら私が忘れるはずがない。 

ユキとの予定は何よりも優先するばすだし、手帳にも記録しているはずだ。


「もしかして、忘れたの?」


「あ、」


目の前のユキが悲しそうな表情を浮かべていた。


蛍とアレックスは固唾を飲んで二人を見守っていた。


「もういいよ…」


悲しみと呆れと怒り、そのどれもが入った言葉を告げられて私は咄嗟に言葉が出なくなった。


「ユキ!」


「忘れちゃったんだね…」


「!」


やはり私は何かを忘れている?


「もう…もう僕出ていきます!…ご馳走様でした!食器は夜洗うから出しといて!蛍ちゃんも保育園気をつけて行ってね!…あなたも気をつけてね!ふん!」


カンカンな様子のユキを私は呆然と見送ることしかできなかった。


おわった…

ユキに嫌われた。


実際はそんなことないのだが、ユキが怒ったというその事実が昏葉の脳に思考する余裕を与えなかった。


5月の上旬の金曜日。

織宮昏葉またの名をクレハ・フィーメール。

”世界最強の暗殺者”が初めて夫婦喧嘩した日であった。


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