第9話 妻、無双する
抵抗しようのない自然災害を前に僕が諦めかけた。
そのとき一瞬、月明かりが一際強く輝いた気がした。
「?」
「ひ、ひゃはははははッ、よぉ、獅子!!会いたかったぜ!!」
安藤が銃を向ける先に視線を飛ばす。先にいたのは倉庫の入り口から堂々とこちらに歩みを進める漆黒のダークスーツに身を包んだスラリとした金髪の女性。
「昏葉さん!」
「ユキ、おくれてすまない」
「ううんっ大丈夫だよ!」
「すぐ助けるから」
これほど頼もしいことはない。我慢してないと涙が出そうになる。昏葉さんが来た。僕はそれだけで安心して腰が抜けてしまう。
「ヒャハッ、やっぱりお前は来ると思っていたぜッ、獅子!!」
「誰?」
「は…」
「私はお前を知らない」
きっぱりと昏葉さんは安藤を拒絶した。
昏葉さんは銃とナイフを手に構えた。
「ハッ、ひ、ヒヒヒッ、あぁ、いいぜ、半殺しにして思い出させてやるよッ!この”東北の白虎様”の強さをよぉ!!そしてお前の目の前で愛する旦那をボコボコにレイプしてやるよッ!」
安藤から一際大きな殺気が膨れ上がりその巨体による重力を無視するかのように昏葉さんへと弾丸のように突っ込んでいく。
対して昏葉さんはその強烈な殺気を当てられたにも関わらず構えたままジッとしている。
ただ眉間のシワが深く刻まれていた。僕にはわかる。今の昏葉さんものすごく怒っている。
「シィッッ」
ツーテンポくらい遅れて昏葉さんもやっと安藤に向けて動き始める。
あれはカウンター技”バリツ”だ。昏葉さんが話してくれたのを聞いたことがあった。相手の攻撃の威力を利用して、倍以上の威力を相手に叩き込む。いわば日本でいう合気道にあたるのかな。
バツンッッッ
「ぐごッ!?!?」
決着は一瞬だった。
ザザァァアアアッッガァンッ
昏葉さんは両手で安藤の攻撃をいなし、安藤の足を引っ掛けた。
安藤は突進の勢いが殺せず、さらに昏葉さんの手により勢いが増したまま、暗い倉庫内へと転がっていき、コンテナに頭からぶつかった。
他の女たちも昏葉さんを見て震えている。そりゃ自分達が恐れていた安藤をまるで赤子をひねるように軽々倒せばそうなるだろう。
安藤は動かない。気絶しているようだった。
「ふぅぅ…」
そこで僕は溜まっていた息を吐き出した。
終わった。僕も昏葉さんも無事だ。
「ユキ」
昏葉さんは安藤を縛り上げた後、近づいてきて、縄を切った後、ギュッと僕を抱きしめてくれた。あたたかい。
「って、昏葉さん、ケガしてるっ!」
頬が少し切れていた。昏葉さんは気づいてなかった。この程度暗殺者ならどうってことないらしいけど、心配になる。
「うぐっ…」
見ると気色の悪い笑みを浮かべていた女は倒れてお腹を抑えて辛そうだった。
「治してあげないとっ!」
「ユキ…」
、、、、、
あの日、ユキと運命の出会いを果たした日。
私は日本の”光の貴夫人”を殺す命令が上から下っていた。治癒の能力者。現実の世界ではあり得ないたぐいのもの。その力はやがて争いを巻き起こす。だから私に片付ける仕事が回ってきた。
私はターゲットが通う学校に放課後まで張り付き、帰宅路を狙った。学校から出てきた人物が写真の人物と違わないことを確認し追跡を開始した。
「可哀想に…」
「!」
自分の呟きに驚いてしまう。もう仕事で何人もの人間を殺してきたはずななのに。あまりに淡々と殺すからドイツの学校でついたあだ名はAI。
なのに、今更ターゲットに同情するとは今日の私はいったいどうしたのだろうか。
「う!」
考え事をしていると道端のクレープ屋台を発見する。そういえば今日は何も食べていないことを思い出す。釣られるようにお腹が鳴る。
その少しターゲットから目を離した途端、ターゲットが走り出し、意表をつかれて逃げられてしまう。
「うそ…」
まさかこの”世界最強の暗殺者”といわれる自分の追跡がバレるとは思わなかった、数秒固まっていたが、しかしよく見ると別の女に追われている様子が見えた。
「もぐもぐもぐもぐっ」
私は屋台のクレープを食べながら、ターゲットと女を追い暗い路地裏に入った。
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【後書】
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