第5話 夫、治癒能力を使う

「〜♪」


僕は一人職場へ向かって歩いていた。

四月下旬、心地よい春の陽光を浴びながら片耳イヤホンで音楽を聞き気分を高めていった。


家から徒歩20分歩いたところにある私立の高校。

僕はそこで臨時の先生をさせてもらっている。校長先生とは知り合いで、僕は産休に入った国語の先生の代行だ。


僕は昔から人に何かを教えることが好きだった。だから、昏葉さんに働かなくてもいいと言われているけれど週一で先生の真似事を特別にさせてもらっている。


子供を育てるする責任は持っているつもりだけど、どうしても趣味の延長線上にいる感じだ。

決して自分は働いていて偉いというような勘違いはしてはいけない。全然主夫の域を脱せていないのだから。


「あ、そうだ!」


昏葉さんに養ってもらっている分、感謝と恩返しの精神を忘れてはいけない。

だからお給金が入ったら何かサプライズでもしよっかな。うんそれがいい!



チャリンチャリンッ


色々考えていると横を自転車に乗った二人の生徒が通り過ぎていく。と思いきや僕を少し通り過ぎた辺りで停止してこちらに振り抜いてきた。


「ゆきちゃん先生おはようございます」

「ゆきちゃんおはよー!」


「おはようございます」


僕を呼んだのは国語の授業を受け持っている二年女子の二人組だった。

田中さんと佐藤さん、確か二人とも運動部所属。今から朝練かな?

田中さんは少し体が大きくて真面目な生徒。一方、佐藤さんは制服を着崩している少しやんちゃな生徒。


その二人が呼んだ「ゆきちゃん先生」や「ゆきちゃん」という名は学校での僕の呼び名だ。みんなそう呼ぶから定着してしまっている。念願の「織宮先生」呼びは遠い夢かもしれない。


「自転車の後ろ乗ってく?」


佐藤さんが後ろをポンポン叩いて提案してくる。視線がそこに吸い寄せられる。つい「楽かも」とか思い誘惑に負けそうになるが、すんでのところで堪える。

二人乗りダメゼッタイ!危ないからね!

それに生徒の後ろに乗せてもらうとか恥ずかしいし。僕には昏葉がいるからね。


「先生は遠慮しときます」


「ちぇー、ざんねん。じゃあまた学校で!ゆきちゃん!」


「ゆきちゃん先生、失礼します」


「もぅ、織宮先生でしょ!」


「あはは!ゆきちゃん怒ったー!かわいいー!」


そう言って走り去っていった。


「もぅ…」


でも好かれていることは確かなので怒れない。



、、、、、



校門には二本の大きな桜の木。

あまりにも綺麗なのでスマホでパシャリ。

昏葉さんにも送っておこう。


そして僕はずんずんと職員用玄関へ向かい歩みを進めていく。その途中で花壇に水をやっていた事務員の女性に挨拶をする。


「おはようございます!いい天気ですね!」


「あ、はい、織宮先生ですか…えっと、そうですね、おはようございます…」


事務員の女性は頬を染めて控えめな笑顔を浮かべて僕の挨拶に答えてくれた。何で赤くなってるんだろう?風邪かな?

僕はまだ時間に余裕があったので事務員の女性と少し雑談してから職員室へ向かうことにした。


.

.

.

.


「いけない!時間!時間!」


つい話し込んでしまい時間ギリギリになってしまった。


「ん?」


急いで職員室へ向かう際、通り道である保健室の前で一人の女生徒が困っていた。


「どうしたの?」


「ゆき先生!?」


訳を聞くと、朝練で少し足を擦りむいたらしく保健室を訪れた。しかし保険の先生が不在で困っていたらしい。ということをなぜか頬を赤くした女生徒が話した。怪我よりと熱があるのでは?


「少し目を瞑っててくれる?」


「え?」


僕はそう女生徒に告げた。驚いていた女生徒は素直にキュッと目を瞑る。心なしか唇がつんと前に飛び出ている気がする。

僕は目を開けていないか再度慎重に確認をしつつ心の中で唱えた。


『治って』


そう願うと、僕が触れた患部を中心に淡く優しい光が包む。


『治癒魔法』

ファンタジーものの小説によく出てくる魔法。

現代風に言うと超能力、異能になるのかな。

昔幼馴染の女の子が大怪我をした事件のときに自分にこのような能力があることを知った。


傷はみるみるふさがり治っていく。まるで最初から怪我なんかしていなかったように。


「えっ、え?」


「あ、こら!」


女生徒は目を開けてしまっていた。

でも見られたものは仕方がない。彼女も悪気はなかっただろうし。

僕は人差し指を鼻へ持っていく。

しぃーっの合図。


「二人だけのナイショだよ?」


「は、はい…」


どこかぼんやりした様子の女生徒はなぜか頬を染めて、走り去っていった。

本当に大丈夫かな?

僕は色んな意味で心配になるのだった。


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