第56話 天国の入り口で結婚式(陽side)
緊張しているパパと腕を組んで、ゆっくりと歩いて行く。
花のアーチが途切れた先、見えて来たのは白いチャペル。
その前に、白いタキシードに身を包んだ広い肩が見えた。
あおくんだ!
直ぐにその姿がぼやけてきて、慌てて目を瞬いた。
茜ちゃんが囁いてくる。
「花嫁が泣いちゃだめだよ。化粧が崩れちゃうよ」
その時、あおくんがゆっくりこちらを振り向いた―――
瞳が大きく見開かれて、次に照れたように目が泳いで……今度は覚悟を決めたようにグッと見つめ返してきた。
もう、あおくんらしい!
さっき泣きそうになったのに、今度は可笑しくて笑みが弾ける。
あおくんの眼差し。
優しくて柔らかくて……私を包み込んでくれた。
ああ、変わってない。
ううん。想像していたより、ずっとずっとかっこいい!
踏み出す一歩がもどかしくて、そのくせ、いつまでもこうして見つめていたくて。
二人の視線が絡まり合った。
一歩ずつ、あおくんの姿が大きくなっていく。
いよいよ見上げる位置まで来て、パパが感極まったような声で言った。
「滝川君、陽を頼む」
「任せてください!」
礼儀正しくお辞儀をしたあおくん。
あの頃よりもずっとがっしりして、頼りがいがあって大人の男性の色気に溢れていて……
素敵過ぎてどうしよう!
心臓の音が外まで聞こえてしまうわ。
差し出された腕に、パパが私の指先を導いてくれた。
ああ!
あおくんに触れることができる!
恐る恐る力を込めれば、ぐっと引き寄せられて脇に挟みこまれた。
じいっと見下ろされて、思わず息を止めてしまう。
照れ屋のあおくんがこんな風に長い時間見つめてくれるなんて、今までなかったから新鮮。
あおくんを肌で感じて、またじわっとして泣きそうになっちゃったけど、次の言葉で涙が瞬間沸騰しちゃったわ。
「陽、凄く綺麗だよ」
あおくんが、ストレートに褒めてくれた!
そして、フワリと―――
本当にふわりと自然に、笑ってくれたの。
大好きなあおくんの笑顔!
こんなに間近で見られるなんて、幸せ。
幸せ過ぎて、何も言わずに見つめ続けていたら、耐えきれなくなったようにあおくんが顔を赤らめた。
「な、何だよ」
恥ずかしそうに眉間に皺を寄せたあおくんの顔も好き。
本当は、どんな顔のあおくんも好きだよ。
「ありがとう! 嬉しい」
二人で腕を組んでゆっくりと、花や蝋燭で飾られた白い祭壇へ向かって歩く。
周囲には、あおくんのご両親とみちるちゃん、茜ちゃんと良平君。私のパパとママ。
そして……初めてだけど、初めてじゃないくらい気持ちが通じ合っている友。
陽人君!
「滝川さん、陽さん、おめでとうございます!」
心からの笑顔で祝福してくれる彼に、私は感謝を込めて深く頭を下げた。
いくら言葉を尽くしてお礼を言っても足りないね。
だって、私の気持ちをいっぱい代弁してくれて、あおくんに伝えてくれた人。
私とあおくんを繋げてくれた人だから。
「陽人君、初めまして。いつも、ありがとう」
それ以上、何にも言えなくて、でも陽人君は嬉しそうに、安心したように笑ってくれたの。
あおくんも「陽人のお陰だよ。ありがとう」って頭を下げた。
何処からともなく、神父様みたいな人が現れた。白い祭祀服を着て綺麗な装丁の本を手にしている。
これって、やっぱり結婚の誓いとかやるのかな。
思った通り、神父様があおくんに尋ねたの。
「汝、滝川葵。あなたは健やかなる時も病める時も、竹内陽を愛し、慈しむことを誓いますか?」
健やかなる時も病める時もって、私、もう死んじゃっているんですけれど。
思わず心の中でツッコんでしまう。
でも、憧れていたシーンを体験できただけで幸せで、私はもう胸がいっぱいだった。
「はい!」
なんの躊躇もなく、あおくんが宣誓する。
嬉しくって、頼もしいあおくんの横顔を見つめた。
今度は私の番だよね!
そう思って待っていたら、神父様はまた、あおくんに尋ねた。
「たとえ肉体が滅びて二人を分かつとも、魂は永遠に添い遂げることを誓いますか?」
え! 何、それ。
この状況でそれを聞くってことは、あおくんを縛ることになるよね。
そんなのダメだよ。
そんなの私、耐えられない。
私は今、こうやって結婚式の夢を見られただけて充分なの。
今だけ。
今だけあおくんを一人占めできたら、それで充分―——
慌ててあおくんの腕を引っ張った。
答えかけたあおくんが、こちらを向く。
私は涙が膨れ上がった瞳で、必死に訴えた。
誓っちゃダメ!
これ以上はだめ!
でも、あおくんは力強い眼差しで私を制した。
そして、噛みしめるようにゆっくりと……
「はい! 誓います!」
「あおくん!」
思わず声を上げてしまったら、あおくんが振り向いて笑ったの。
それは心から晴れやかな笑みで。
今までで最高の笑顔。
「やっとお前を一人占めできる!」
花嫁は泣いちゃいけないってわかってる。
でも、もう止めることなんてできないよ。
溢れ出る涙が、次から次へと私の頬を伝っていく。
「陽、俺はお前じゃ無きゃダメなんだ。今までも、これからも。俺のわがままだってことはわかってる。だけど……我慢できないんだ」
ほらね。あおくんは優しいんだよ。
私が罪悪感を抱かないように、自分のわがままなんて言ってくれる気遣いの
そうやって、いつだって。
私のわがままを叶えてくれる人。
本当は……わたしだって、ずっと一緒に居たい!
今だけなんて嫌。
あおくんを永遠に一人占めしたい!
またあおくんが、ふわっと笑った。
「陽、お前も誓ってくれないと、俺の気持ちは宙ぶらりんになっちまう。頼むよ」
そんな風に言われたら、断れないじゃん。
もう、本当に……ずるい人。
だから、大好きなんだよ!
「汝、竹内陽。あなたは健やかなる時も病める時も、滝川葵を愛し、慈しむことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「たとえ肉体が滅びて二人を分かつとも、魂は永遠に添い遂げることを誓いますか?」
「はい、誓います!」
真っ直ぐに顔を上げて、私も高らかに宣言した。
あおくんの瞳が安堵と喜びに揺らめく。
ああ、あおくん、泣いちゃう……
本当は優しくて泣き虫のあおくんなんだって、陽は知っているんだから。
でも目の前のあおくんは泣かなかった。
その代わりに、力いっぱい私を抱きしめてくれた。
耳元に届く言の葉。
愛してる―――
私も素直になろう。
私も、愛してる―――
「ここに、天の神により誓約が受理されたことを宣言します」
神父様がおっしゃった。
「あなたたちの魂は、未来永劫、共にあることでしょう」
みんなの笑顔と涙と拍手に見守られて退場する。
その時······
グラッ!
あ、やっちゃった!
慣れないヒールの高い靴のせいで、裾を思いっきり踏んでバランスを崩した。
白い塊となって前のめりになる。
ふっとあおくんが笑った気がして。
次の瞬間、私は空中の人になっていた―――
フワフワのドレスごと、あおくんの腕の中にすっぽりと収まっていたから。
「あおくん、重いから……」
「陽、俺の職業は何だ?」
「え、大工さん」
「だから、問題ない。普段から鍛えているからな」
丸太と同じ要領で私を抱き上げているんだ。
そう思ったら可笑しくて笑ってしまったけれど、それは気恥ずかしさを隠すため。
本当はとっても嬉しくてお姫様になったみたいで嬉しかった。
たくましい腕に、胸板に、頬が熱を持つ。
「全く。いつでもどこでも、陽はやっぱり陽だな」
「え、それどういう意味?」
「ポンコツで……かわぃぃ」
「な……」
最後の言葉は口の中で小さく呟いただけ。
でも、私、ちゃんと聞いちゃったもんね。
誤魔化すようにハハッと白い歯を見せたあおくん。
わざと恨めし気に睨んでやったけど、そんなの赤い顔を隠すためのカモフラージュだよ。
きゅんきゅんが止まらないの。
あおくん、かっこ良すぎるよ。
私だけの王子様。
身も心もイケメンな王子様。
あなたに出会えて良かった。
ありがとう―――
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