第46話 思いがけない裏話
「謝らないといけないって、一体何を?」
思わず問い直すと、日菜子は言いにくそうにモジモジしている。
「ここじゃ話しづらいね。どこかお店にでも入ろうか?」
コクリと頷くと、落ち着かない様子で陽人と一緒に歩き始めた。
ずっと同じ学校に通っていたとは言え、ほとんど話したことが無かったから、印象も曖昧で、懐かしいと言うよりは戸惑いの方が大きい。
日菜子の方はちょっと嬉しそうな笑みを浮かべていたが、陽人の視線に気づくと、さっと顔を引き締めた。
駅前の喫茶店。モノトーン調のモダンな作り。陽人はついつい、滝川が作り上げている日本家屋の喫茶店と比べながら眺めてしまう。お店それぞれの特徴を出すことって大切なんだな等と考えていたら、日菜子が静かに話し始めた。
「牧瀬君、忙しいところごめんなさい。あの……高校の時、牧瀬君、立花君に嫌がらせを受けていたよね」
「ああ、そのこと。当時の俺はよくわかっていなかったけれど、SNSで俺のことが話題になっていたみたいだね」
つい先週立花に会ったこともあって、陽人は不思議な感覚になる。
ちゃんと過去を振り返れと見えない力に言われているような気分。
「……うん。それ、私のせいだったの」
「どういうこと?」
そこで再度覚悟を決めるように、日菜子が深呼吸した。
陽人を真正面から見つめ、徐々にその視線が下を向き……消え入りそうな声になる。
「実は……私、牧瀬君のこと好きだったの」
なるべく自然に話せるようにと、敢えて日菜子から視線を外していた陽人。口に含んだコーヒーを吹きそうになった。
え? 高槻さんが俺のことをなんだって?
「でも、恥ずかしくて告白なんかできなくて、だからいっつも見ているだけでいっぱいいっぱいで」
「そ、そうだったんだ。いや、ごめん。全然気づいていなくて」
「ううん。だって、牧瀬君、お母さんのことで大変だったのわかっているし。でも、私何にもしてあげられなかったし」
「いや、それは気にしないで」
いきなりの告白に頭が真っ白になった。それでもなんとかギクシャクとした笑顔を返す。
「えっと、ありがとう。そんな風に思ってもらえていたなんて嬉しいよ」
その言葉にほうっと肩の力を抜いた日菜子。泣きそうな顔になった。
陽人はちょっと申し訳ない気持ちになる。
日菜子に対してなんの感情も持っていないどころか、高校時の記憶すら曖昧だったから。
互いの気持ちが落ち着くまで待ってから、気になっていることを尋ねてみる。
「でも、それと立花君の嫌がらせがどう関係しているのかな?」
申し訳なさそうに俯くと、日菜子は重そうに言葉を続けた。
「この間の同窓会の時、私、牧瀬君の住所を受け付けの子に聞いてしまったの。気になっていたから……。でも、みんな知らないって言っていて。そうしたら、いつも立花君とつるんでいた斉藤君と鶴旨君が、『お前、まだ牧瀬のこと好きなのか』って言ってきて……『お前のせいで、牧瀬も大変だったんだぞ。立花に目をつけられてさ』って言われたの」
「なんでそうなるんだよ。全然関係ないのに」
「それが……」
日菜子はますます困った顔になりながらも、言葉を続けた。
「私、実は立花君に付き合わないかって言われたことあって。でも、私こんなネクラで目立たないタイプだから、きっと罰ゲームでもやっているんだと思ったの。だから怖くて直ぐに断っちゃったんだけれど、それで立花君が馬鹿にされたと怒っていたみたいで。私が牧瀬君のこと好きだから、立花君を振ったんだって。だから、牧瀬君のことも悪く言っていたみたいなの。そんなこと、私気づいていなくて。この間初めて知って……それで申し訳なくて。謝りたくて。でも、今更だよね。本当にごめんなさい」
そう言って深々と頭を下げた。
陽人は思いがけない話に、驚きが大きくて何を言ったら良いのか思いもつかなかった。高槻さんが俺のことを好きだったって話だけでもびっくりなのに、立花が高槻さんに告白してフラれて怒っていて、俺に嫌がらせしていたって……なんだよ。それ!
あまりにも短絡的な話に、開いた口が塞がらない。でも……そんなことを、平気で伝えてくる斉藤と鶴旨も同罪だし、寧ろ立花と本当に仲が良いとは言えないんじゃないかとも思う。先日の立花の顔を思い出して、なんとなく彼らの希薄な人間関係を垣間見たような、虚しさが心に広がった。
そんな彼らに翻弄されている日菜子が可哀そうになってきた。
「高槻さん、気にしないで。俺は大丈夫だから。まあ、悪口言われているとは気づいていたけれど、それは立花が勝手に言っていただけで、高槻さんのせいなんかじゃないよ。そんなことを言う斉藤と鶴旨もどうかと思うし。良く立花が黙っていたな」
日菜子は一瞬目を見開くと、安堵したように声を震わせた。
「牧瀬君、本当にありがとう。話せて良かった。重荷を外してくれてありがとう」
「いや、そもそも高槻さん、何にも悪くないし……その、こんな俺のこと好きって言ってくれて、寧ろ感謝しかないし……」
「ありがとう。本当にありがとう」
もう一度深く頭を下げた日菜子は、顔をあげると今度は嬉しそうな顔になった。
「やっぱり牧瀬君、優しいね」
「え、別に、そんなことないよ」
「ううん。優しいよ。今だって立花君の事心配してあげてるし」
俺が立花を心配?
日菜子の言葉に驚いた陽人。『してないよ』と言いかけて止まる。確かに、ちょっと可哀想に思ったかも。
あまりにも薄っぺらな彼らの関係に、怒りよりも呆れよりも悲しい気持ちになったから。そんな心の奥底の感情に気づいてくれた日菜子を、改めて新鮮な気持ちで見つめた。
「実は、立花君も来てなかったの。最初は来る予定だったらしいんだけれど、なんか家族ともめているみたいで。立花君のところお父さんが厳しくて、やりたいこと許してもらえないみたい」
この間の立花を思い出す。陽人の顔を見るなり突っかかってきたのには、そんな立花自身が抱えているやりきれない思いがあったのだろうか?
ハタ迷惑な話だ。いい加減にしてくれ。
でも……恵まれたように見えた立花にも、大きな障壁があるらしい。
将来への不安を抱えていたのは、同じなのかもしれない。
「ああ、余分な事また言っちゃった。ごめんなさい」
日菜子はまたしゅんとして下を向いた。
そんな彼女を見て、陽人は初めて、高槻日菜子という人物と話をしている実感が湧いてきた。小学生から同じ学生時間を共有していたはずなのに、意識していないとこんなにも離れてしまう距離。
なんか、もったいなかったなと思う。
「あの、牧瀬君、良かったら、連絡先教えてもらえないかしら。ああ、図々しいわね。忘れて」
慌てたように口を手で塞ぐ日菜子。緊張して真っ赤な顔になっている。
陽人も顔の火照りを感じつつ、日菜子の勇気に感謝した。
みちるちゃんも、こんな風に勇気を振り絞ったから、お友達と繋がることができたんだよな。高槻さんもきっと同じなんだろうな。
だったら、俺も手を伸ばして繋がろう。
「俺からもお願いできるかな。俺、高校の時のメンツと誰も繋がっていないんだ」
「ああ、ありがとう!」
弾ける日菜子の笑顔を見たら、陽人も嬉しくなった。
何も無かったと思っていた高校時代。案外悲しい記憶ばかりでも無かったらしい。
本人の知らないところで、ほんの少し色づいていたことに気づくことができた。
日菜子の気持ちは純粋に嬉しかったし、立花の八つ当たりは迷惑だけれど、それでも、透明人間では無くて、たしかに俺がそこにいたと証明してくれているんだと思ったら、なんだか憎めなくなった。
俺の高校生活にも、見えていなかった裏側のストーリーがあったんだ―――
帰宅した陽人の嬉しそうな様子に、滝川は気づいていた。でも『どうした?』とは聞かない。話したくなれば自分から言ってくるだろうから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます