第47話 いざという時のために
週末、悟と樹がやってきた。
滝川が既に本棚をばらして図案通りに切り分けてあったので、二人の仕事は表面を磨いたり塗装したりすること。初めてでも扱いやすい道具を揃えてあったので、失敗することなく進めることができた。
陽人も加わって、男四人。まるで課外活動でもやっているかのように、ワイワイとしゃべりながら手を動かす。塗装を乾かしながら休憩。おやつをつまみながらまたしゃべる。その繰り返し。最後はみんなで飲んで……樹だけは炭酸飲料だったが……楽しい時間を過ごしたのだった。
いよいよ茜と良平にお披露目をすることになった。
悟と樹が、恭しい手つきで布を外す。
中から現れたのは、ガラスの扉のついたコレクションケースだった。
三つ並んだそれは、姿形は一緒だが、色味が三者三様になっている。
悟はダークウォルナットの落ち着いた茶色。樹は赤みの入ったマホガニー色。
茜は木の色をそのまま生かした優しいナチュラルカラー。
「あんたたち、コソコソと休みになると出かけて、何やっているのかと思えば……もう、泣かしてくれるじゃないのよ」
驚いて目を見開いた茜。その瞳からポロポロと涙が零れ出た。
「やった! 鬼姉貴を泣かせたぜ」
「やったな」
「誰が鬼ですって! まったく。やったなじゃないわよ、もう……」
そう言いながら二人の背に手を伸ばす。バシバシと叩きながら泣き続ける。
「ありがとう。二人とも。懐かしい本棚がこんな形で生まれ変わるなんて。びっくりだよ」
感慨深げにコレクションケースを見つめると、涙を拭きながら滝川にも目をやる。
「葵もありがとうね。触っていい?」
「ああ。二人ともがんばったからな」
優しく指先で触れる。木肌の感触を楽しむようにそのままスーッと滑らせて、労わるように撫でる。
胸に込み上げる思いを押しとどめて話し始めた。
「この本棚の前では、良く喧嘩もしたよね。同時に取りに行っておしくらまんじゅうになったり、物がはみ出して邪魔だとかいちゃもんつけたり」
「それ、姉貴が仕掛ける側だろ」
悟が冷静にツッコむ。
「そうやって会話していたのよ。コミュニケーションの一種」
「勝手なことばかり言ってら」
一番年下でやられるばかりだった樹が苦笑い。
「でも、二人とも大好きだよ」
茜がもう一度二人を振り返った。
「悟、樹、ありがとう!」
「ああ、そうだった。これも見てくれよ」
樹が思い出したように声をあげて、茜の視線を側面の板へと誘導する。下のほうを指差すと、そこには、彫刻刀で刻まれた名前。
悟と樹。そして……相合傘の下に茜と良平の名前。
「あ、あんたたち! 何これ。恥ずかしいじゃないのよ」
「いいじゃん。お幸せにー」
「良平兄さんも家族になるからな。入れといた方がいいだろ」
「悟、樹、ありがとう」
いつもは冷静スマイルを崩さない良平も、照れくさそうに幸せな笑顔を浮かべた。
ワイワイみんなで言い合いながら、互いのコレクションケースも披露し合い、満足そうな顔になる。
そんな様子を嬉しそうに口元に笑みを浮かべながら見つめる滝川と陽人。
「葵、陽人君も、ありがとう。愚弟がお世話になりました」
「葵、陽人君、ありがとな」
茜と良平が礼を言って頭を下げた。
「いや、一緒に作って楽しかったからな」
「そうですよ。俺もスッゴク楽しかったです」
その言葉に、悟と樹がもう一度深々と頭を下げた。
茜の分は新居への引っ越しが終わるまで、ここで預かっておくことになり、悟と樹の分だけ実家へ届けることになった。
「たくさん飾りたい物あるんだよね。楽しみだわ。おしゃれに飾らなきゃね」
茜が想像してウキウキしている。
その時、滝川が徐に写真立てを取り出した。
「良かったら……これも一緒に入れてくれないかな。きっと陽が喜ぶと思うんだけれど」
「これって……」
受け取った茜の目からみるみる涙が溢れ出た。
「これ、もしかして、陽ちゃんの?」
「ああ、陽の机の余っている木材で作った。写真の方も陽のアルバムから焼き増しした」
「……もう、葵のくせに」
バシバシと滝川の背を叩きながら、またまた茜がボロボロになっている。
「あ、葵さんが姉ちゃん泣かせた」
「え!」
樹の言葉に、滝川が焦ったような顔になる。
「いや、その……いてえ」
「葵のくせに、なまいき! でも、ありがとう」
バシン! 滝川の背中がひときわ大きな音をたてた。
茜、悟、樹。
三人姉弟の絆を宿した本棚は、たくさんの大好きを飾るコレクションケースへと生まれ変わった。
今までの思い出も、これからの思い出も、ここに仕舞われていくだろう。
辛いことや哀しいことは、これからもきっと起ってしまう。
それは、一人じゃなくて、二人でいたって、三人でいたって、乗り越えるのは大変なはずだ。
心が壊れそうになったり、絶望したり。
でも、そんな時には―――
ここに蓄えられたたくさんの思い出が、きっと心の一番深いところを守ってくれるはず。
そんなことを考えながら、陽人はこの瞬間のみんなの笑顔も、心のコレクションケースへとしまい込んだのだった。
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