Episode 5 蓄える本棚
第44話 三人姉弟の本棚
次の土曜日の夕方、塾帰りの
「急にすんません。うわ、この家すんげえ久しぶり」
玄関から中を覗いて懐かしそうな声をあげる。
お節介茜が何回か樹を連れて来たことがあって、一緒に作業場で木を触ったことがあった。その時はまだ小学生。幼い頃の滝川が、善三じいさんが木を削る姿に憧れたように、樹も目をキラキラさせて覗いていたなと思い出す。
「おお、まあ、あがれよ」
ちょうど夕食が出来上がったところだったので、三人で食卓を囲みながら話すことになった。懐っこい性格の樹は、この間の旅行で陽人とも直ぐに仲良くなっていて、遠慮することも無く、しゃべりながらがっついている。
「樹、急にどうした?」
「実は葵さんに折り入ってお願いがあるんすけど。できれば格安で」
そう言いながらスマホの画像を見せてくる。
そこには何の変哲もない、普通の本棚が写っていた。
「ようやくうちの姉ちゃんが良平にいさんと結婚することになったんで、兄弟からも何かお祝いしてやろうと思って」
「ふむ」
「で、
「なんだか穏やかざる話だな」
「別にどっきりじゃないっすよ。単に感動させて泣かせてやろうってことです。兄弟の絆を見せつけて」
「おう、それならいいな」
滝川がほっとしたような顔になる。悪だくみの片棒を担ぐのは避けたいと内心では思っていたからだ。そんな様子が面白くて、陽人は黙って二人を観察している。
「で、この本棚なんだけど、これ、居間にあって、俺たちずーっと三人で使ってきたんですよ。一番上が悟兄で、真ん中が姉ちゃんで、俺が一番下。まあ、背の順だったわけで。それを三等分して分けたいと」
「それなりに大きさありそうだな」
「そうなんすよ。だから何かできそうだと思って」
「で、何にしたいんだ?」
「何がいいっすかね?」
「そこはお任せなのか」
「あ、相談に乗ってください」
樹は言葉を変えて懇願する。
「悟はなんて言ってるんだ?」
「悟兄はセンス無いんで。敢えて言うなら、思い出の品だから、なんか姉ちゃんが懐かしく思えるようなやつで」
「わかりづれえ」
呆れたように笑い出す滝川。最近、本当に自然に笑顔が出るようになったなと、陽人は嬉しくなった。
まずは現状調査を始める。
「三人で分けるってことは、悟も樹も同じものを持つってことだよな」
樹はコクリと頷いた。
「本棚だから、今までも本を入れていたってことだよな」
「うーん、そうでもなくって。俺あんまし本読まないし。姉ちゃんは人形並べてたし。ちゃんと本を入れてたのは本好きな悟兄だけだな」
「ということは、まあ入れたい物を入れてたわけだ」
「そうっすね」
それを聞いた滝川、何か思いついたようだった。
「どっちにしろ、これを運び込んでみないとわかんないけどな。状態もわかんないし」
「葵さん、都合のいい時軽トラで迎えにきてくれませんか? 悟兄と一緒に運ぶから」
「明日でもいいぞ」
「まじっすか。じゃあよろしくお願いします」
それでこの話はいったん終わりになった。
目的達成で帰るのかと思えば、今度は自分の悩みを語り出す。
「うるさい姉貴だけど、いなくなるって思ったらやっぱりちょっと寂しくもあって。姉弟げんかもいっぱいしたけど、でも頼りにしていたなって思ったんですよ」
「そうだな。茜はいい奴だよ」
「で、これからこんな風に家族も減っていっちゃうんだなって思ったら、急になんか不安になって。陽人さん、よくこんな不安を乗り越えられたなって、すげえなって思ったんすよ」
いきなり話をふられて、陽人はドギマギする。
「俺の場合は、なんの準備も無く放り込まれたからな。別にすごくも何でも無くて、必死だっただけで。でも、樹君は今大切なことに気づいたんだから、これからの家族の時間を大事にすればいいと思うよ」
「なるほど。そうっすよね。流石陽人さんっす」
陽人は照れて赤くなる。
「あ~あ。でもなぁ~」
樹がダーッと机に突っ伏した。
「俺、今受験勉強でボロボロなんすよね。青春の一番いい時に、なんで俺はこんなことしてんのかなって悲しくなって。遊ぶ時間削ってこんなに必死こいて勉強して大学入っても将来安泰でも無いよなって。ちゃんと就職できるかもわからないし、会社が倒産するかもしれないし。そう思ったらなんか虚しくなっちゃって」
「俺、倒産も経験者」
陽人の言葉に、樹が目を丸くする。
「陽人さん、マジ猛者ですね」
「いや、本当に色々あってさ、俺も参ったけれど、でもそのおかげで滝川さんに会えたし、こうやって樹君にも会えたんだよね。そう考えるとさ、悪いことばかりじゃないなって。今は感謝しているくらいだから。何が幸いするかわからないよ」
「俺も陽人と会えて良かったからな」
滝川がぼそりと口を挟む。
「俺も!」
樹も勢い込んで同意する。
嬉しそうに笑った陽人。言葉を続ける。
「どんなに備えていても、辛いことや苦しいことは起こるんだと思う。だから完璧な備えなんて無いし、自己卑下して落ち込む必要も無いと思うんだ。それでもやっぱり、打ちのめされて気力が奪われてしまうのは確かなんだけど……でも、生きていくしかないからね。だから、少しでも心の奥底を守って、火を灯してくれるようなモノを蓄えておけたらいいなって思うんだ」
「火を灯してくれるようなモノ?」
樹が不思議そうに言う。
「難しい話じゃないんだ。誰かと過ごして楽しかった時間とか、何かを見てワクワクしたこととか、大切な記憶を思い出すと、心がほっとするんだよ」
その言葉に、滝川が自慢気に言う。
「俺は大工仕事が好きだからな。木に触れていればいつでも元気になる」
「後、陽さんの写真とか手……」
滝川が盛大にお茶を吹き出したので、言葉を止める。
「陽人、お前なー」
樹は訳知り顔でニマニマしている。
「俺は……家族と友人との思い出だな。好きなものはバスケと、後ゲームとか? そういう陽人さんは?」
「俺は、滝川さんが綺麗にしてくれたオルゴール。牧瀬家の家宝だし家族との思い出の品なんだ。それからみんなと過ごした『クラヴィス・アイランド』のことも、ここで初めて過ごした夜の記憶も大切」
「一緒に過ごした夜ってなんすか?」
樹の言葉に、滝川の眉間に皺が寄る。
「樹、言い方違う。そんなんじゃないから」
樹がまた目を真ん丸にしながらニマニマ。
遅ればせに誤解を招いたことに気づいた陽人。慌てて樹に否定する。
「いや、そう言う意味じゃないから」
「わかってるっすよ」
「「……」」
何をわかっているのかわかっていないのか。はなはだ怪しい感じではあるが、樹の頭はもう次のことに移っているようだった。
「そっか。いっぱい好きなモノを増やして置こう」
そう言いながら帰って言った。
今の陽人にとって『心に火を灯してくれるモノ』―――それは紛れもなく滝川とみんなだ。
でも、いつか必ず別れがくることを、嫌というほど経験して知っているから。
だから、離れても大丈夫なくらい、たくさんの思い出を一緒に作っておこうと思っている。
幸せな記憶を一つでも多く。
だから今、この瞬間を大切にする。
純粋な気持ちでただただ、一緒に楽しむ。
そうすれば、一瞬が宝になるんだ―――
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