第43話 これからも思い出づくりを

 次の日も良い天気だったので、ネイチャーランドにピッタリの一日だった。

 こちらは前日のファンタジーランドよりも体験型や冒険風のアトラクションが多い。体を動かしながら、童心に返って楽しんだ。

 そして、心地良い疲労感の中、帰途についた。


 後部座席ですっかり寝入ってしまったみちるを柴田の家に送り届けると、滝川と陽人は思わずほっとして、二人してため息をもらした。滝川木工店までは後少し。

「陽人、今回は本当に世話になったな。ありがとな」

 滝川が柔らかな口調で言った。

「そんな、それは俺の言葉です。滝川さん、俺、すっごく楽しかったです。こんなに楽しかったの、いつぶりかわからないくらい楽しかった」

「そうか……俺も楽しかったぜ」

 道路わきの電灯に照らし出された滝川の横顔は、穏やかに笑っていた。

ようさんもスッゴク喜んでいると思います」

「……そうだな」


 陽人はふと、今朝見つけた懐中時計を思い出す。

 朝早く、喉が渇いて起き上がった陽人は、滝川のベッドの脇に落ちていた、懐中時計を拾い上げた。

 いつも滝川が肌身離さず持っている時計。

 善三じいさんの形見だと言って、大切にしていた懐中時計だった。

 使い込まれ、磨き上げられた金色の時計は、年月を感じさせる渋みのある輝きを放っている。

 落ちた拍子に蓋が開いていて、中の秒針が見えた。

 カチカチと正確に刻む針。

 蓋を閉じようとして、蓋の内側に、懐中時計の渋さに似つかわしくないものを発見して、陽人は思わず声を殺して笑った。

 小さなプリクラの写真。

 ようの笑顔と、滝川の仏頂面。

 きっと、ように引っ張られて撮影しに行ったに違いない。

 その一枚のシールを、こそっと懐中時計の内側に潜ませていたなんて、強面の下に隠された滝川の可愛い一面に、陽人はニヤニヤが止まらなくなった。

 よく時間を気にしているなと思って見ていたのだが、そういうことだったのか。

 そーっと蓋を閉めて、滝川の枕元に戻す。

 きっとこれで、良い夢の続きが見られるはず―――

 

 そんな朝の一コマを思い出した陽人は、ちょっといたずらっ子のような表情になって続けた。

「ずーっと一緒で良かったですね」

「?……まあな」

「肌身離さずピッタリ一緒に」

「!」

 陽人が楽しそうに笑うと、滝川の顔がみるみる赤くなったように見えた。

 本当は暗くてよくわからないけれど。

「もしかして……お前、見たのか?」

「人聞きが悪い言い方しないでくださいよ。見えちゃったんです。不可抗力です。

落ちてたのを拾って戻す時に、ちらっとだけ」

「……」

 滝川は前を向いたまま固まっていたが、しばらくしてふっと笑うと、照れ臭そうに呟いた。

「ああ、ずっと一緒だった。……嬉しかったよ」


 滝川と陽、幸せそうに寄り添いながら『クラヴィス・アイランド』を歩いている二人の姿が目に浮かんだ。一瞬振り返った陽。

 『ありがとう』とほほ笑んだ気がした。


 滝川さんの笑顔をいっぱい見れて、陽さんも嬉しそうだな。


「それにしても……陽人、お前も案外人が悪いな」

「ははは……すみません」

 陽人が笑いながら謝ると、滝川はドヤ顔でやり返した。

「羨ましかったら、お前も早く彼女つくれよ!」

「はーい」

 陽人はこっそり撮り溜めた滝川の笑顔の写真を思い浮かべながら、この写真の出番はいつ頃かなぁーなどと楽しく思い巡らせていた。



 車は滑る様に暗闇を走り抜け、滝川木工店へと無事帰って来たのだった。




 数日後、みちるがうさぎの鉛筆立てを受け取りにやって来た。


 母親から持たされた夕飯の包みを持って来たので、三人で一緒に夕食をとった。

 みちるはすっかり慣れたように、陽人にあれこれ話掛けてくる。

 陽人はこの間のみちるの言葉を思い出すと、ちょっとドキドキしてしまうこともあったが、妹ができたみたいな気持ちにもなれて、嬉しそうに答えていた。


 夕食後、滝川から渡されたうさぎの鉛筆立てを見て、みちるは感嘆したような声をあげる。

「凄い! 新品みたい!」

「まあまあかな」

 滝川はそう言って、みちると一緒に鉛筆立ての出来栄えを眺めた。

「お兄ちゃん、やっぱり上手いね。壊れたところがどこか分からなくなってるし、薄い耳の動きまで、前と一緒だよ。ありがとう!」

 嬉しそうに笑った。


「後、これ」

 滝川はポケットからもう一つ取り出した。

 差し出したのは、レザー製の紐に付けられた、アクリルガラスでできた透明な小さな小瓶。

 手のひらにすっぽり収まるような大きさで、銀色の蓋の表面には小さな穴が開いている。

 そして、中にはあの木片が。

 壊れて粉々になってしまったうさぎの耳。


「お兄ちゃんこれって!」

「ああ、組み立てるには細かすぎるし、変に接着剤使うのも後々のことを考えるとよくないし。でも、捨てたくないだろう。だから、アロマペンダントの小瓶の中に入れた。これなら取って置きやすいかと思って」

「アロマペンダント!」

「まあ、そのままでも構わないし、なんか香りのオイルを吹きかけるとアロマペンダントになるって奴だ」

 みちるの瞳が、驚きと喜びで輝く。


 アロマペンダント! すっごい素敵! ロマンティック!


「お兄ちゃん、大好き!」

 喜び勇んで伸ばされたみちるの手に突き飛ばされて、しゃがんだ態勢の滝川はバランスを崩して後ろに倒れ込んだ。すんでのところで頭をひっこめ、和室の襖への激突だけは避けた。

「お兄ちゃん、この前、女心が分からないなんて言って、ごめんね。やっぱりお兄ちゃんは、最高だよ」

「いてえ!」


「お兄ちゃん、実はね……」

 顔をしかめながら起き上がった滝川に、嬉しさが爆発寸前という笑顔でみちるが話し出す。


「じゃじゃーん! 鈴音すずねちゃんから、お手紙届いたの。ちゃんと、手書きのお手紙だよ!」

「おう! 良かったじゃないか」

「鈴音ちゃん、この春また引っ越ししていて、新しい住所に転送されたから、手紙が届くのに時間かかっていたんだって。良かった。それにね、Lineもちゃんとつながったんだよ!」

 みちるは勢いよく続ける。

「鈴音ちゃんもお揃いの鉛筆立てまだ持っていてくれてね、この間写真送ってくれたの! だから、私もこれを撮って送るんだ。アロマペンダントの写真も送ろうかな」

 ウキウキしたようにしゃべり続けるみちるを見て、滝川も嬉しそうな表情になった。

「でね、今、鈴音ちゃん東京にいるんだって。だから、今度一緒に『クラヴィス・アイランド』に行こうねってことになったの」

「良かった……な……」

 言いかけて滝川の顔が引きつる。みちるの瞳に、おねだりオーラが溢れているのを発見したのだ。

「はあ……。まあ、一回も二回も変わんねえか」

 ため息をつくと、滝川は頷いた。

「また、連れて行ってやるよ」

「やっぱり、お兄ちゃん、大好き!」

 勢い込んだみちるに付き飛ばされて、またもや滝川はバランスを崩してひっくり返った。

「全部、お兄ちゃんのお陰だね。ありがとう!」

「良かったな」

 滝川はやれやれという顔で、もうあきらめたようにそのまま寝っ転がっていた。

 

 そんな二人の様子を笑いながら眺めていた陽人は確信した。


 やっぱり滝川さんは、みちるちゃんのお願いを何でも聞いてあげる、優しいお兄さんなんだな。



 うさぎの鉛筆立てが繋ぎとめた二人は、これからまた、新しい思い出を作ることができるだろう。

 その思い出は、この先の二人を繋ぐ新しい架け橋になるはず。

 陽人はそう思うと同時に、自分にもできた架け橋の数々に心を馳せた。

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