第42話 お泊り

 夜の帳が下りると、今度は光のセレモニーが始まる。

 七色に輝くパレード、プロジェクションマッピングで映し出される美しい映像、最後には花火。

 光の波の中で、お互いの顔を見つめながら話す。

 夜の暗闇は解放感を感じさせ、光は高揚感を感じさせ、みんな素直に語り合い、親しくなっていった。


 高校生たちの様子を見ながら、良平が感慨深そうに口を開く。

「みんないい友達に巡り合えて良かったな。そのままの自分を受け入れてくれる友達、喧嘩しても大丈夫と思える友達に出会えることは、奇跡に近い確率だよな。本当に幸せなことで大切にしないといけないよね」

 滝川と良平の目が合う。二人で頷き合った後、滝川はゆっくり視線を動かして行く。順番に茜、陽人へ。

 茜と陽人の嬉しそうな瞳と出会い、釣られて滝川も優しい笑顔になった。

 

 一方の良平の視線は、陽人から茜へ。


 見つめ合う良平と茜に気づいた滝川は、思わず心の中の陽へ語りかける。


 陽! お前が言っていた、とろけるような顔の良平……今俺の目の前にいるぜ。ようやく二人もゴールインできたみたいだな。お前も安心しただろう。本当に良かった……。

 

 満足げな笑みを浮かべながら懐中時計を確認すると、みんなに声を掛けた。

「そろそろ花火が始まるぞ」



 楽しい時間はアッと言う間に過ぎて、ホテルへと場所を移した。

 でも、みんなにとっては、ホテルでのお泊りもワクワクの時間である。

 由奈の予約してくれたホテルは、夢の続きに相応しい素敵なホテルだった。

 高校生たちは、男女別に三人ずつ廊下の突き当りの部屋に。

 樹たちの部屋の隣に、茜と良平、みちるたちの部屋の隣に滝川と陽人の部屋。



 先にシャワーを浴びたので、陽人はベッドに寝転がって、うつらうつらしていた。

「疲れたー。でも、楽しかったー」

 心地よい疲れを感じて、ベッドに沈みこんでいく感覚を味わっていた。


「陽人さん!」


 あれ? みちるちゃんの声が聞こえる。俺夢見ているのかな? やばいな。夢の中に女の子が出てくるのって初めてだ!


「陽人さん、もう寝ちゃったのかな?」

 陽人は夢の続きを確認するような気持で、ふっと目を開けたのだが、目の前に本物のみちるを見つけて、飛び起きた。

「あれ? みちるちゃん? どうして? ここは? 俺はどこにいるんだ?」

「陽人さん、起こしちゃってごめんなさい。ここは陽人さんとお兄ちゃんのお部屋ですよ」

「そうなんだ……って、なんで、どうやってこの部屋に来たの?」

「ここ、コネクティングルームになっているんです。だから、ドアで繋がっているの」

「へ? そうだったんだ!」

「お兄ちゃん、シャワー中だね。あ、でも丁度良かったかも。私、陽人さんにお礼を言いたかったんです」

 みちるは陽人のベッドの淵に座ると真剣な表情で言った。

「お礼?」

「はい。お兄ちゃん、最近、明るくなったなあと思って。前はずっと寂しそうだったんです。でも、最近楽しそうで。きっと、陽人さんのお陰だなと思って。だから、ありがとうございます」

 みちるはそう言うと、丁寧に頭を下げた。


「そんな、みちるちゃん、お礼を言うのは俺のほうなんだよ。いつも、今日だって、滝川さんに助けられてばかりだよ」

 陽人は慌てて手を振る。

「それに、みちるちゃんにも今日はたくさん励まされて……ありがとう」

 心の底から感謝を伝えると、みちるは恥ずかしそうに頷いた。


「でも、そう言ってもらえて、凄く嬉しいよ。みちるちゃん、本当にお兄さんのこと、大好きなんだね。こんな優しい妹がいて、滝川さん幸せだな」

 照れたように下を向いたまま、足をブラブラと揺らし始めたみちる。

 足が上下する度に、ベッドに振動が伝わってくる。

 陽人は起き上がった姿勢から、胡坐をかいて座り直した。

「陽人さんって、すっごく優しいですよね。絶対女の子にもてますね」

「え? そんなことないよ! いやー、そんなこと言われたの初めでだよ」

 足を止めたものの、下を向いたままのみちるの言葉に、陽人は思わず真っ赤になった。

「私も、陽人さんみたいな人いいな~って思うもん」


 え? それはどういう……。



「おい! みちる、こんなとこで何してんだ?」

「あ、お兄ちゃん」

 シャワーから出てきた滝川が怪訝そうに声をかけると、みちるはニコニコして立ち上がって答えた。

「コネクティングルームだから!」

「え、繋がってるのか?」

 滝川の顔が即座に引きつる。

「おまえ、ちゃんと向こう側から鍵かけろよ。それとも、こっちからかけるか」

「いざという時のために、お兄ちゃんは開けておいて。こっちで絞めておくから」

 みちるは面白そうな顔をしながら、兄の反応を見ていた。


「ところでね、おにいちゃん。あのね、まだ鈴音ちゃんから返事きて無いの」

 滝川は髪を拭く手を止めると、みちるの目を見ながら尋ねた。

「……いつ頃出したんだ?」

「十日くらい前」

「テストとかで時間が無いのかもしれないぞ」

「そうだね……」

「出かけていて、まだ受け取っていないとか」

「そうだね……」

「もう少し待ってみれば」

「うん」


 寂しそうな顔のみちるの頭を、わざと乱暴にガシガシと撫でながら、

「でも、頑張ったんだな」

「うん、頑張って書いたよ」

 みちるも滝川にされるがままに頭を揺らしながら頷いた。


「鉛筆立て、仕上がっているから、帰ったらいつでも取りに来ればいいよ」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

 みちるは頷くと、陽人の方へ視線を戻し、

「陽人さん、おやすみなさい。お兄ちゃんも、おやすみなさい」

 踊る様に軽やかな足取りで、コネクティングルーム用のドアの向こうへと消えて行った。カチッという鍵の音を聞いて、滝川がほっとした顔をする。

 陽人はさっきの言葉は、なんだったんだろうと思いながら、固まった顔をパンパンと手のひらで叩いた。


 深い意味は無いだろうな……純粋に褒めてくれただけだろうな。


 でも、女の子に褒めてもらえることって、格別に嬉しいもんだなと思ったのだった。


 自分のベッドに腰掛けた滝川に、陽人は改めて礼を言う。


「滝川さん、今日は本当にありがとうございました。俺、今まで自分が我慢していたんだってことすら気づいてなかったんです。何を言っても状況が変わらないんだったら、言ってもしかたないなって。泣いたり喚いたり、無駄なことする時間があったら、前に進まなきゃって。それは一見とても前向きに見えるけれど、心のどこかにひずみが出来ていて、いつの間にか大きな歪みになっていたんだなって」


 滝川が照れくさそうに、ライトのボリュームを下げる。

 陰影が濃くなり、表情が隠れてしまう。


「陽人のいいところでもあるんだけどな。だからこそ、自分で自分を追い込んでしまう刃でもあるんだろうな。まあ、一度身に付いた癖は、そう簡単には変わらない。それは俺もよく知っている。でも、自分の癖に気づいているかいないかは、大切なことだと思うんだ。少しずつでいいから、自分が楽に息ができる方向へ、進んでいけるといいよな」

 

 滝川の言葉だからこそ、ガツンとくるし、温かくて泣きそうにもなる。

 陽人は頷くと、布団を目元まで引っ張り上げた。


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