第41話 いつでも高校生のように

 パレードの後は、行き当たりばったりにアトラクションを楽しむことにする。 

 十人でそぞろ歩きをしていると、進行方向に回るティーカップが見えてきた。

 幸い待ち時間表示が十分と出ていたのでそのまま最後尾に付く。


 列に並んでいる間、陽人は先ほどの立花たちばなとの出来事を思い出していた。

 みんなの手前、カラ元気を出してなんでもないような言い方をしたが、やはりあの時は辛かったなと思う。考え出したら、頭から離れなくなってしまった。

 

 高校に入学して間もなく、母親の癌が見つかった。母子家庭の陽人達家族にとっては働き手を失う上に、入院費用までかかる。途方も無く苦しい出来事だった。

 陽人は初め、高校を辞めて働こうとした。けれど母親が、高校だけは卒業して欲しいと涙を流して願った。だから、奨学金を得て学校を続けることにしたのだ。

 自分が学校に通って頑張っている姿が、母親の闘病を支えてくれたら……そんな思いもあった。

 貯金は瞬く間に少なくなっていく。陽人はできる限りアルバイトを入れていたが、高校生のできる仕事は少なく、時給も低い。でも、アルバイト先のコンビニの店長は良い人で、よく時間の融通を利かせてくれたなと思い出した。

 そう言えば、近所の役所に勤めていた人が、役所で申請できる手当などの相談に乗ってくれて、助かったことも。辛くて悲しいことばかりだったけれど、善意に助けられたこともたくさんあったと気づいた。


 けれど、高校生活を思い返すと、何も無い。

 楽しい思い出もなく、会いたいような友達もいない。

 本当に、つまらない時期だったと思う。

 みちるたちのようなキラキラした青春なんて、どこにも無かった―――


『シークレットティータイム』は、座ったカップがくるくる回るオーソドックスなアトラクションだ。高校生たちは、それぞれ男女別々に、陽人達四人は一緒のカップに乗った。

 ブザーが鳴ってカップが回りだす。

 すると、滝川が真ん中のハンドルを持って動かそうとした。

 すかさず茜もハンドルを掴む。

 二人で子どものようにハンドルを取り合うので、ハンドルが右へ左へくるくる回る。ティーカップも合わせて、右へ左へ不規則に回る。

 くるくるくるくる。

「二人とも、直ぐに張り合うところ、変わって無いなー」

 良平は暢気にそう言いながら、スマホで動画を撮っている。


 良平さん、こんな揺れる中での撮影ってあり得ないから!


 陽人はびっくりしつつも、だんだん頭がくるくるしてくるのを感じた。

 くるくるくるくる。

 寂しい高校生活と立花のことが頭の中で堂々巡りをする。

 くるくるくるくる。


 あれ? なんかぐらぐらする。


 陽人は思わず目を瞑った。


「二人ともストップ!」

 良平の切羽詰まった声に、二人がハンドルを手放す。

「陽人君の様子がおかしい!」

「陽人!」

「陽人君!」


 ぐったり目を回している陽人を滝川と良平が挟むようにしてカップから降りた。

 すぐ近くの椅子に腰かけさせて、茜が慌てて団扇で風を送る。

「ごめんね、陽人君」

 茜が申し訳なさそうに謝る。

「悪い、陽人」

 滝川も心配そうに声をかけて支える。

 涼しい風に、少し気分が落ち着いてきたが、まだ目を開けるとぐるぐるするので、開けていられない。


「大丈夫?」

 みんなが心配そうに見ている気配を感じる。陽人は情けなくなった。

 こんなことで酔ってふらふらになるなんて、情けないな。

 またみんなに心配かけて……。



「吐けよ。全部吐き出しちまえ!」

 突然かけられた滝川の言葉に驚く。

 こんなところで吐けるわけが無いと思っていると滝川が続けた。


「お前はいつだって、一人で抱え込んで溜め込むからこういうことになるんだ」

「え、滝川さん?」

 陽人は辛うじて片目だけ開いて滝川に目をやった。

「今までそんな余裕すらなかったんだろう。兎に角自分がしっかりしなきゃ。四の五の言ってないで前に進むしかない。そうやってお前は全てを飲み込んで頑張ってきた。だから、我慢癖がついてしまったんだよ。辛くても弱音が吐けない。悲しくても泣けない。悔しくても怒れない。他人のためには泣いて怒れるくせに、自分のためにはからきしだめなんだ」

 

 その時、何かがパアンと心の中で弾けた。

 そっか。ずっとずっと―――俺、我慢してきたんだ。


「さっきだってそうさ。辛い自分の過去を話す時でさえ、俺たちの負担にならないように、俺たちが辛くならないようにって気ばかり使いやがって。たまにはそんなこと気にせずに辛かったって嘆けばいい。理不尽だったって怒ればいい。泣きたかったら泣けばいいんだ」


 我慢しないって、どういう状態を言うのかな。

 意識していたわけじゃないから。

 なんだって思っていたから。

 

 どうしていいかわからない。


 瞑ったままの目から涙がこぼれ落ちた。そんな自分に驚く。

 いつもだったら簡単に止められるのに。流れる前に止められるのに。


 無意識に流れ始めた涙は、どうやって止めたらいいのかわからなかった。


 今日は陽さんと一緒に楽しむ日なのに。

 みんなまだまだ行きたいところいっぱいなのに。

 俺のせいで台無しにしてしまった―――


「陽人君、辛かったね」

 茜も陽人の背をさすりながらもらい泣きを始める。

 みんなも陽人に寄り添い、周りからの視線を遮ってくれた。温かな温もりが伝わって来て、陽人は余計に泣けてきた。


「気持ちを吐き出さねえと始まらない時もあるんだよ」

 滝川が静かに続ける。

「だからもう、感情を抑えるなよ」


 陽人の頭をガシガシと撫でた。


「それに……楽しむことはこれからだってできるんだってことは、お前が俺に教えてくれたことだろ」

 その言葉に、ようやく陽人は目を開けた。


「俺は今日、高校生の時に出来なかったことをやりに来た。陽と一緒に楽しむつもりだ。だから、お前もできなかったことをこれからやればいい。今からだって遅くない」


「陽人さんなら、高校生って言われても全然違和感ないな。お兄ちゃんは無理あるけど」

 みちるがのんびりとした声で異論を唱える。

「お前の目は節穴か。こんなカッコいい高校生はいないんだよ」

「何言ってるの! 陽人さんのほうがカッコいいに決まってるじゃん」

 むきになって言い返すみちるに頷きながら、滝川が陽人に向き直った。

「だってよ、陽人。お前の方がカッコいい高校生だって。でも、俺も負けないからな。一緒に弾けたことしようぜ!」

 滝川がそう言って満面の笑みを浮かべた。


 滝川さんが、笑ってる!

 陽人は驚いて、一気に涙が引っ込んだ。


 一緒に取り戻すぞ!


 滝川の気遣いが嬉しかった。

 そして、みんなの笑顔に、優しい眼差しに救われた。


 泣いても仕方がない。泣いたら困らせるだけだ。

 そう思っていた。

 泣いても、迷惑じゃないんだな―――


「みんな、ありがとうございます!」



 陽人が落ち着くのを待って、滝川が言った。

「おい、みちる、たつき、この後の予定、俺と陽人も混ぜてくれ。ここまで一生懸命企画してくれた茜と良平に、二人だけの時間も作ってやらないとな」

「そうだね!」

「ラジャー!」

 驚いたような茜と良平を残して、八人は次のアトラクションへと歩いていった。

「じゃあな、姉ちゃん、また後でな!」

「茜ちゃん、ありがとう!」


 その後のアトラクションの席決めじゃんけんは争奪戦となった。

 男性五人、女性三人。男性二人の席ができるのである。

 みんな、わいわい言いながらじゃんけんをして、歳の差関係なく、仁義なき戦いを繰り広げたのであった。


 この間、茜と良平がどんな素敵な瞬間を過ごせたか……。

 

 良平が虹色城レンボーキャッスルの前で、二人の名前入りのガラスの靴をプレゼントしながら、正式に茜にプロポーズをしたことは、少し後になって、みんなの知るところとなるのだった。


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