第38話 クラヴィスと写真
入り口ゲートを入って直ぐに、茜はアトラクションの予約を入れ始めた。同じような目的の人が沢山いて、結構入り口付近が混みあっている。
高校生男子三人は、素直に約束を守って足早に真っすぐ進んで行った。
女の子たちは、マルシェが立ち並ぶエリアに吸い込まれて行く。お店の中を覗いては、お土産は何にしようかと考えているようだ。
「やったー! いっぱい予約できたよ」
茜がガッツポーズを取ると、良平が笑いながら「はいはい」と頷き自分の携帯に手をかける。
「茜、お疲れ。後は樹たちの結果はどうかな?」
タイミングを見計らったかのように、着信音。
「良平兄さん! 俺たちすげえ早く着いて、後十メートルくらいで『クラヴィスハウス』に入っちゃうよ。みんな早く来てくれよ!」
「おお! お疲れ。わかった直ぐ行くよ」
良平兄さんって、樹の奴、もう手懐けられてる感じだな。
滝川の口元がふっと上がった。本人でさえ気づいていないようなその笑顔を、周りの写真を撮るふりをしながら、陽人はこっそり写真に収めていた。
今日はきっと
笑顔がいっぱい撮れるといいなと思っていた。
三人娘を拾って、大急ぎで『クラヴィスハウス』まで歩いて行く。
元バスケ部男子が玄関付近でヤキモキしているところに、ようやくみんなが到着した。
「間に合わなかったらどうしようって、焦ったぜ」
樹が茜に愚痴をこぼす。
「三人とも、ありがとう! 期待以上にがんばってくれたわね」
茜はにっこり満足そうな笑みを浮かべて礼を言う。その笑顔を見た翔太。小声で樹に囁いた。
「お前の姉ちゃん、怖えーな」
「怖えーだろ」
樹は分かってくれた喜びに、無防備に嬉しそうに頷ずいたが、茜の殺気を感じて震えあがる。
その時、みちる達三人娘が樹達三人に礼を言った。
「ありがとうございました。大変でしたね」
急に嬉しそうにいやいやと手を振る三人。
氷の呪縛から一転、一気に春がやってきた。
『クラヴィスハウス』の中は絵本のクラヴィスの部屋が再現されている。謎解きが大好きなクラヴィスがいつも考え事をしているロッキングチェア、恋人のミリアが手作りしたイチゴタルトが置かれたテーブル。
クラヴィスとミリアが夜通し話し続ける電話や、ミリアが吸いこまれてしまった鏡。この事件はクラヴィスがミリアを取り戻そうと必死になって、二人の絆が試されたドラマティックな出来事だったなと、茜は一人ごちた。
茜はここに来る度に、陽との日々を思い出して泣きそうになっていた。
子どもの頃、一緒に読んでワクワクして、二人で何度も演じたごっこ遊びの世界観が目の前にある。嬉しいのに、寂しい。
何度来ても、一緒に来れなかった後悔が胸を過ってしまう。
でも今日はちょっとだけ違う気持ちでいられる。
だって―――
幼稚園の時、陽が一番最初にあこがれた王子様はクラヴィスだった。
でも今日は、滝川という正真正銘、陽だけのリアル王子様が一緒にやってきたのだから。
滝川が絵本の中身を知っているかはわからないけれど、陽がクラヴィスを好きだったことは覚えているはずだ。
二人の王子様と一緒に写真が撮れたら、陽は絶対喜ぶはず。茜はそれを実行しようと思い定めていた。
このハウス内では、クラヴィスと記念撮影をすることができる。
撮影ルームに入ると、シャム猫のクラヴィスが両手を広げて歓迎してくれた。
スタッフが気を配ってくれて、色々なパターンで撮影してくれる。
おかげで、女の子だけ、男の子だけ、大人だけ、全員でとたくさん写真を撮ってもらうことが出来た。
滝川と陽人は初めての経験。しかも『クラヴィス・アイランド』に入ってすぐのアトラクションがこの写真撮影。朝一番ということもあって、二人の表情が硬い。
茜と良平、滝川と陽人の四人で撮影の時のこと。
「ほらほら、葵も陽人君も、笑顔笑顔!」
茜は声を掛けながら、さり気ない様子で滝川に写真立てを渡した。そこには陽の写真が。
「これどうすんだよ?」
「陽ちゃんも一緒なの!」
「そっか」
「そっかじゃないわよ。持つのは葵の役目よ!」
「え!」
滝川は複雑な表情になる。
写真を持って写るなんて無理だ。そんなこと、こっぱずかしくてできるか!
と心の中で悪態をつくも、陽も一緒に写真に写れたら喜ぶはずとも思う。元々は陽の夢をかなえたくてここまで来たんだから、恥ずかしいなんて言っている場合では無い。
いやでも……。
一人で葛藤している様子が丸見えだった。
「やっぱり、茜が持てよ! ······頼む」
滝川は思い余ったように、茜に写真立てを押し返した。そして両手をポケットに突っ込んでしまった。
茜もそれ以上は言わなかった。
何より無理だと分かっていたのは、茜の方だったから。素直に受け取る。
「やっぱ、親友の私の役目か」
「ああ、頼む」
茜は心の中で陽に話かけた。
『残念でした。王子の胸の中は無理だったね。あなたの王子様は相変わらずの照れやさんだから、笑った写真が撮れるか不安だよ』
『本当に残念。あおくん、ちゃんと笑えるかな』
陽が楽しそうに笑った気がした。
『陽ちゃんの代りに、とりあえずはっぱかけとくよ』
ジンとして溢れそうな涙を誤魔化すように、茜は威勢よく陽に約束する。
「その代わりに、ちゃんと笑いなさいよ!」
バシンと大きな背中を叩けば、
「わかっているよ……」
滝川の顔が、ぎこちないながらも笑った様な顔になった。
おしい! 後一息!
一連の状況を見ていた陽人は、自分のことそっちのけになって、滝川を笑わせる方法を考える。
カメラマンが四人に声をかけ始めた。
「はーい、じゃあ皆さんこちら見てくださいねー」
三人男子は、笑わせようと変顔をしている。
三人娘も手を降ったりして盛り上げる。
それにもなかなかうまく反応できない滝川に、陽人が囁いた。
「滝川さん、陽さんなら今頃クラヴィスに抱きついてるかもしれないですね」
「確かに。あいつなら抱きつきかねないな」
想像した滝川が、思わずふわっと笑った。
それを見た陽人も笑う。
パシャパシャパシャっと、カメラが光った。
その後、総勢十人の集合写真も撮ってもらい、撮影は無事終了となった。
夕方、受け取りに行った写真を見て、茜は驚いたように、でも嬉しそうに呟くことになる。
「葵もやればできるじゃん」
そこには、柔らかい自然な笑顔の滝川の姿があった。
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