第36話 いざ、出発!

 今日もいい天気になりそうだな。

 よう、今日は『クラヴィス・アイランド』だ!

 一緒に楽しもうぜ―――


 深い瑠璃色の空に雲は無く、明けの明星が光っている。滝川はいつものように空を見上げて伸びをすると、軽トラの運転席へ乗り込んだ。横には荷物を詰め終わった陽人がスタンバイ完了で座っている。


 滝川も陽人も初クラヴィス・アイランドということで、どんな感じなのか皆目見当もついていないが、何度も行っている茜と良平が一緒なので、なんとかなるだろうと気にしてはいなかった。

 なるべく早く到着して満喫するためと、渋滞を避けるために、まだ夜が明けきらぬうちに出発する。

 滝川達は、とりあえず軽トラで柴田の家へ行き、そこから車を変えて順番にみちるの友達を拾ってから、クラヴィス・アイランドへ向かうことになっている。茜たちも樹の友達を拾っていくので、最終集合場所は入り口ゲートとなっていた。


 柴田の家には、待ち合わせ五分前に到着したのだが、肝心のみちるはまだ部屋着のまま、洋服をいくつか抱えてうろうろしている。

「おい、みちる。時間だぞ」

 滝川が声をかけると、

「お兄ちゃん、どの服がいいと思う?」

 滝川の前に持っている服を並べて見せた。洋服に興味の無い滝川には、どの服も同じようにしか見えない。

「どれでもいいから、早く着替えろよ」

 その言葉に、みちるがぷーっと頬を膨らませた。

 そして、気を取り直したように、横の陽人にも同じように聞いてきた。急に聞かれた陽人は、ちょっと赤くなってドギマギしていたが、小さな声で、

「どれもかわいいと思うけど、『クラヴィス・アイランド』は外で待つ時間が多いみたいだから、動きやすい服がいいのかも。『ネイチャーランド』の方は水のショーも多いみたいだから、濡れてもいい洋服とか、着替えられる洋服とかがいいかもしれないね」

 と答えた。

「流石、陽人さん!」

 みちるは嬉しそうにそう言うと、滝川を横目に睨んだ。

「ほらね、ここが陽人さんとお兄ちゃんの違いよ。お兄ちゃんは女心が分かってないんだから」

「はあ?」

 滝川は苦虫をかみつぶしたような顔をして、

「何が女心だ。そんなことより時間厳守だ。時間厳守!」

 と急かした。


 結局みちるは、小花模様のアイボリーのブラウスに、ジーンズ地のショートキュロットを合わせた。ふんわりフェミニンだが、甘すぎないコーデで、手足の長いみちるに良く似合っていた。しかも、動きやすくて涼し気。

「どうですか!」

 滝川と陽人の前でくるりと回って見せた。

「やっと支度が終わったか」

「す、すごくかわいい……と思うよ」

 みちるは滝川にベーという顔をすると、ニコニコ顔で陽人にお礼を言った。

「ありがとうございます! 陽人さんの、アドバイス、すっごく参考になりました」


 出がけのごたごたはあったものの、十分遅れでなんとか出発。この後、友人二人の家を経由して『クラヴィス・アイランド』へ向かった。


 とりあえず友人三人が揃ったところで、車の中で自己紹介し合う。

 黒いニットのタンクトップに、ベージュの台形スカートを合わせた島崎由奈しまざきゆなは、しっかり者のお姉さんという雰囲気。三人の中ではいつもまとめ役を引き受けてくれている。

 白い肩あきロゴTシャツに黒のギンガムチェックのフレアスカートの森本加恋もりもとかれんは、穏やかで優し気な雰囲気。いつもニコニコと話を聞いてくれる癒しの存在だった。

 二人はみちると同じ合唱部で、一年生から一緒に活動してきた。加恋はみちると同じソプラノ。由奈はアルトで、三人とも歌うことが大好きで、いつの間にか意気投合したのだった。


 滝川と陽人も簡単に自己紹介すると、由奈と加恋はワクワクした表情でみちるに言った。

「みちるのお兄ちゃんカッコいいね」

「お友達の牧瀬さん、かわかっこいい」

 みちるはちょっと自慢げな表情をしている。

「かわかっこいいってなんだろう? きもかわと同じ略しかたかな?」

 陽人がちょっと気にして呟くと、

「かわいいとカッコいいの合成語です。陽人さん、どっちも持っているから」

 みちるが陽人のつぶやきを聞き逃さず解説した。

「素敵って意味です!」

 由奈がそう付け加えると、加恋もうんうんと頷く。

「そ、そうなんだ。ありがとう」

 お礼を言う陽人の顔が赤くなる。

 

 今まで自分が異性にどんな風に見られているかなんて、あまり気にしたことが無かったなあと思った。学生時代の自分を思い出せば、バイトと病院通いで忙しくて、デートなんて余裕無かったし、教室では影が薄くて、居てもいなくても同じような存在だった。

 お世辞だったとしても、やっぱり嬉しいや。


 滝川は改めて二人に頭を下げると、

「いつもみちるがお世話になっています。ありがとう! いたらない奴だけど、これからもよろしくお願いします」

 と挨拶した。

「お兄ちゃん! なんかお嫁に行くときの挨拶みたいな感じ。変!」

「え!」

 強面の奥の緊張が一気に高まったようで、滝川の表情は固まっていた。

「みーちゃんたら、お兄ちゃんに酷いなあ。みーちゃんのお兄さん、こちらのほうこそよろしくお願いします。私たちみーちゃん大好きなので、心配しないでください」

 由奈が礼儀正しく挨拶すると、

「みーちゃんのお兄さん、今日は一緒に連れて行ってくれて、ありがとうございます。あの……みーちゃん、すっごく優しいんです」

 加恋は恥ずかしそうな笑顔で挨拶した。

「二人ともー。ありがとう!」

 みちるの瞳がウルウルしてくる。

「もーみーちゃん、涙もろいんだから」

 由奈が笑顔でそう言うと、加恋がヨシヨシと撫でている。

 そんな三人の様子を見て、滝川の表情が嬉しそうに和らいだ。


 女の子三人は、その後はぺちゃくちゃと楽しそうにしゃべっては、時々滝川と陽人に話しかけてきた。そして車のBGMに関係無く、歌い始める。

 合唱部でも息の合っている三人の歌声は流石に上手で、滝川は気持ちよく運転することができた。


 「茜ちゃんから、メール、あっちはもう直ぐ着きそうだって! お兄ちゃん、後どのくらいかかりそう?」

「うーん、こっちも後十五分くらいかな。多分、次のインターで降りるんだと思う。悪い、陽人、ナビ見てくれるか? なんかインター降りてからの道が複雑だ」

 陽人と二人掛かりで地図を確認していると、指令塔の茜からの伝言をみちるが読み上げた。

「みなさん、予定表はちゃんと確認してくれましたか? 今日を満喫するためには、念入りな計画と、その遂行が欠かせません。みなさん、張り切っていきましょう! だって」


 名付けて、『クラヴィス・アイランド満喫ミッション』

 

 始動!

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