第27話 本当の願い

「悪い……長くなってしまったな」


 話を聞き終わった陽人はるとは、思っていた以上に辛い滝川の過去に、呆然としていた。

 そうか。だから滝川さんは、杉浦おばあちゃんの気持ちが分かったんだ。おじいさんが亡くなったことを認められない気持ちが痛いほど分かっていたんだな。

 そして、最愛の人の死という穴は今も埋まっていないのだと思った。


 辺りはすっかり暗くなっていた。かける言葉が思いつかず、それでも陽人は口を開く。

ようさんって、とっても言葉が温かいですね」

「天然ボケな奴だったけどな。でも俺は何度も救われたんだ」

 

 滝川が急に顔を引き締めた。陽人の方へ向き直ると深く頭を下げる。

「陽人、心配かけてすまなかったな。俺は大丈夫だから、もう心配するな。陽は今も、俺のここにいるからさ」

 滝川はそう言って、拳で胸をトントンと二回叩いた。

 けれど、茜が持ってきた机に向けられたのは、辛そうな瞳の色。


 陽人は、自分を心配させまいと強がる滝川に、どうしても何か言ってあげたいと思った。陽さんの代わりに救ってあげたいとか、そんなおこがましいことは思わない。

 でも、なんでもいいから、この状況から一歩踏み出せるを言ってあげたかった。


 滝川さんは、陽さんが今も生きていると思って、心の中の陽さんと会話しながら生きてきたんだ。でも、陽さんの机を見たら、陽さんの死を否応なしに突き付けられたようで……辛かったんだろうな。ましてや、それを壊して加工するなんて、もっと辛いことなんだろうな。

 

 陽人も陽の机を見た。磨き上げられた綺麗な机。

 両親の、陽の、茜の愛情が込められているのが伝わってきた。


 この机をご両親に捨てさせたくないって言う、茜さんの気持ちもわかるな。陽さんもご両親と一緒に居たいはずと俺も思うし……でも、この机を見ると、ご両親も滝川さんも辛い……どうしたらいいんだろう。机の形をしていなければいいと言う話なのかな? でも、滝川さんは壊したくないだろうなあ。

 

 陽人は考えた。 

 陽さんが本当に望んでいることって何だろう?


 さっきからずっと、頭の中に何かが引っかかっているように感じていた。

 わからなくてもやもやしている。でも、このままにしちゃいけない気がする。

 上手く言葉にならないそれを、必死で追いかけた。


 陽さんは、きっと今も滝川さんの傍にいるし、滝川さんのことを見守っているんだろうな。滝川さんもそれは分かっているはず。

 いや、わかっているからこそ、滝川さんも陽さんをものすごく大切に想っているし、このまま一緒に生き続けたいと思っている。

 それはとても素敵な事なんだけど……でも、一緒に生きるって言っても、本当は死んじゃったら、無理だよね。陽さんにはもうできない―――


 じゃあ、陽さんはどうしたいと思っているんだろう? どんなだったら嬉しいのかな? 滝川さんにどう生きて欲しいと思っているのかな?


 陽人は連想ゲームのように考えを巡らせていった。


 滝川さんが陽さんのことを思い出して、泣いているのは見たくないよな。自分のこと覚えていて欲しいけど、でも、陽さんのことだけ考えて、たたずんでいるのを見たいとも思ってないはず! 少なくとも、俺だったら、そんなこと思わない! どんどん前に進んで欲しいって思うはず。


 陽人はふと、ある考えに辿り着いた。


 陽さんが望むこと……陽さんの……これを言ったら、滝川さん怒るかな? 辛くて死にそうになっちゃうかな?

 でも、俺だって、滝川さんに幸せになってもらいたい! 

 だから―――


「滝川さん、俺これから、すっごく酷い事言います。聞いてもらえますか」

 滝川は机から陽人に視線を戻すと、

「陽人どうした? 言ってみろよ」

 戸惑いながらも、続きを促してくれた。

 陽人はふーっと深呼吸すると、思い切って話し始めた。

「なんか……俺上手く言えないんですけど、陽さんは、多分に幸せになろうじゃないんです」

「?」

「陽さんのことを想って、一生生きて欲しいなんて思っているわけ無いんですよ。だって、陽さんは死んじゃっていて、もう滝川さんの隣にはいられないんだから」

「な、何を言って……」

「陽さんを思って、泣いて欲しいとも思っていないし、いつまでも陽さんを見つめて立ち止まっていて欲しいなんて、これっぽっちも思っていないんです!」

「別に俺は立ち止まってなんか……」

 滝川の表情がみるみる厳しくなる。けれど、陽人は構わず続けた。


「止まっているじゃないですか! 陽さんの机を見て、どうしたらいいか分からなくなっているじゃないですか!」

 滝川は図星をつかれてたじろいだ。


「そんなの、陽さんが望んでいる滝川さんじゃないです!」

「!」


「陽さんだったら、何を作るかワクワクしてるはずです! 滝川さんの腕前を見たいはずです!」

 その言葉は、滝川の心を稲妻のように走りぬけた。


 陽だったら……

 陽だったら、


『あおくん、この机、何に変身させてくれるのかな? 楽しみにしているよ!』


 確かに!

 確かに、そう言うはずだ!


 滝川の目に光が戻ってきた。


「滝川さん! 陽さんは、今も滝川さんの傍にいます。滝川さんのこと、いつでも見守っています。でも、陽さんはきっと、陽さんのことだけ見つめて『一緒にいるよ』って言ってくれる滝川さんじゃなくて、誰かと一緒にいろんなことを楽しんでいる滝川さんを見たいと思うんです。だって、陽さんが滝川さんの傍にいるのは、笑っている滝川さんを見たいからなんですよ! 幸せそうに笑う滝川さんを見たいからなんです!」


 滝川が衝撃を受けたように目を見開いた。だが、続く表情は怒りでも哀しみでも無く、静かに凪いでいく。


 陽が見たいのは、俺の笑顔―———


 そう言うことか。

 大切にするって言うのは、心の中に抱えているだけじゃダメなんだ。

 想っているだけじゃ、ダメだったんだ!

 俺の想いが、かえって陽を縛りつけていたのかもしれないな……。



「陽人、ありがとな」

 滝川はそう言うと、陽人の目を真っ直ぐに見返した。

 その目には、静かな決意が溢れていた。

 その瞳を見て、陽人は心の底からほっとする。急に体の力が抜けて椅子からずり落ちそうになって、慌てて足を踏ん張った。


 言えて良かった! 陽さん、俺間違ってないですよね。 

 ちゃんと滝川さんに陽さんの気持ち伝えられましたよね。


 会ったことも無いのに、陽が直ぐ横で微笑んだ気がした。


 

 それから、滝川は寝る間も惜しんで、陽の机のリメイクに取り組んだ。

 陽の両親の引っ越し期日が迫る中、作業場の灯りは遅くまで灯り続けていた。

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