第18話 陽の両親
「滝川君、今年もお墓参りに来てくれたのね……」
同じ日の昼頃、陽の両親と茜が共に墓参りにやってきた。毎年のごとく、綺麗に掃除されて手向けられた花を見て、陽の母は手を合わせた。
滝川の面影をはっきりと思い出すことはできない。覚えているのは高い背を丸めてお辞儀をしている姿ばかり。
陽が入院していた時は、茜と一緒に毎日お見舞いに来てくれていたのに。
一見ぶっきらぼうで、怖そうに見えるけれど、実は礼儀正しい控えめな青年だった。会えばそそくさと場を譲り、挨拶をして帰って行く。だから、ゆっくりと話したことは無かった。
陽の大切な友人だと言うことは分かっていた。多分彼氏なんだろうとも。
でも、闘病中の娘に根ほり葉ほり聞くことは酷に思えて、結局確かめずじまい。
陽がこの世を去った後は、落胆が激しくて疎遠になってしまった。
毎年墓前の花を見つける度に、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが交差する。
もう、陽の事は忘れてくれてもよいのにと思いつつ、こうして毎年、ひっそりと墓参りをしてくれていることに、心から感謝していた。
「茜ちゃんも、いつもありがとうね」
「そんな! 私が来たいから付いて来ているんだから、おばちゃん気にしないで」
墓参り以外でも、世話焼きの茜は二人の事を放っておけなくて、時々顔を出しては無駄話をしていた。
「茜ちゃん、実はね、ここでのお墓参り、今年で最後になってしまうのよ」
「え! どうして? おばちゃん」
「私たちもこれから歳取っていくし、郷里の徳島に帰ろうと思ってね」
陽の両親は仕事の関係でこちらへ来ていたが、元々は徳島の出身だった。関東には頼れる親戚もいないので、ゆくゆくは郷里に帰って老後を過ごしたいと考えていたのだ。
「いつ? いつ引っ越しなの?」
「今月の終わり。お墓も徳島に移す予定だから、このお墓はお寺さんに返すのよ」
「今月って、後三週間くらいじゃん。おばちゃん、急すぎるわ」
「ごめんね。今まで茜ちゃんには、本当にお世話になったのに。これから会えなくなっちゃうね。本当にごめんね」
一回り小さくなった陽の母親の肩を抱いて、茜は涙を堪えて左右に首を振った。
いつも通り墓参りを済ませた後、茜は気になっていたことを尋ねてみた。
「おばちゃん、引っ越す時、陽ちゃんの荷物はどうするの?」
「少しは持っていくけど、大きな家具とかは思い切って処分しようと思って」
「え! じゃあ、あの机も捨てちゃうの?」
「そ、そうなるわね……」
茜が『あの机』と言ったのは、陽の部屋にある勉強机の事だった。
小学校入学と同時に購入したもので、できるなら大きくなっても使える物をと考えた末に、両親は無垢材でできた立派な机を購入した。
お姫様みたいな可愛らしい机がいいなと思っていた陽に最初は不評だったが、でも優しい陽は、その後大切にそれを使い続けていたのだった。
茜と陽は家が近くて、毎日のようにお互いの家を行き来していた。
だから陽のその机は茜の机でもあり、二人で一緒に並んで座って、お絵かきをしたり、お菓子を食べたり、宿題をしたり、受験勉強をしたり、時には恋バナしたり……成長を見守ってくれていた存在でもあったのだ。
陽が亡くなった後も、両親は陽の部屋を生前のままに大切にしていた。
毎日掃除していたことを茜は知っている。
「おばちゃん、あの机は持っていったらいいのに。何かに使えるかもしれないよ」
「……でも、大きすぎるし。使う人もいないから……」
陽の母親は辛そうに目を伏せた。
おばちゃんも迷っているんだ。
「じゃあ、私がもらってもいい?」
「え? 茜ちゃんがもらってくれるの?」
陽の母親がほっとするように声をあげた。
「うん、今度車で取りに行くからね」
「分かったわ。ありがとう」
寂しさと安堵の入り混じった目を見て、茜は密かに決心していた。
絶対に、陽の机をなんとかすると。
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