第17話 墓参り

 その日、滝川はようの墓参りに来ていた。陽の命日だったから。


 毎年の事だが、滝川は朝早く、まだ家族や茜が来る前に墓参りを済ませていた。

 灰色の墓石の周りを綺麗に掃除して、持ってきた白いトルコ桔梗の花を生けて、線香を手向ける。くゆる香りの中、軽く手を合わせておしまい。


 陽との別れは突然だったから、滝川は今もそれを受け入れられてはいない。墓参りには来ているが、あくまで儀礼的なものだ。

 滝川にとって陽は、今も心の中で生きているのだから、墓石に語り掛けるようなこともしない。そんなことをする意味は無いと思っていた。

 ようやく昇ってきた太陽の光が、墓石を照らす。滝川は太陽に目を移した。

 今日も一日が始まる。

 

 ふと、陽と出会った時の事を思い出した。


 陽との出会いは、小学校一年生の時。

 入学式の後、教室に移動して出席番号順に座る。滝川葵たきがわあおい竹内陽たけうちようだったから、たまたま前後して並んだ。その時は、前の席も後ろの席も女の子でつまらないなと思っただけだった。

 だが、次の日自己紹介をして、事態が少し変わる。

『あおい』という名前は、実は女の子に多い名前らしいと気づいた。クラスの男子連中が、滝川の事を女の子とからかうようになった。滝川自身は体も大きいほうだったし、運動神経も良かったから、いざとなったらボコしてやる! くらいに考えて、そう言う連中を睨みつけていただけだった。

 だが、どうも後ろの女の子も、色々からかわれているらしいと気がついた。

 自分も名前のことで色々言われて嫌だったから、その気持ちがわかると思った。何とかしてやりたいとも思った。


 ある日の放課後、いつもの男子三人組が、後ろの女の子をからかいに来た。

 今だ! と思った滝川は、

「お前ら! それ以上言ったらぶん殴るぞ!」

 と言って拳を振りあげた。

 予想外の力強い声に、からかっていた男の子三人組が青くなる。

「なんだお前! カッコつけて!」

 と言いながらも、一目散に逃げて行った。

 殴る前に逃げてしまったので、振り上げた拳がちょっと格好悪いなと思って慌てて腕を下ろすと、今度は零れ落ちそうなくらいウルウルしている女の子の瞳と鉢合わせてしまった。


 うわ! 泣きそうだ!


 どうしてよいものか焦った。何か言ってあげなければいけないという思いに突き動かされる。

「お前のようは、太陽のようだ! だから、太陽みたいに明るく笑っていりゃあいいんだよ!」

 女の子は驚いたように目を見開いた。ポロリと一粒涙が零れ落ちたが、瞳はなるほど! と納得したように色を変える。


 次の瞬間……。


「分かった! ありがとう」

 とびきりの、本当に太陽みたいな笑顔で笑ったのだった。

「じゃあ、あおい君のあおいは、青いお空の事だね」


 青い空って……俺の字は青じゃなくて、花の名前だ!


 そう思ったけれど、陽に言われるとなんとなくそれでいいかと言う気分になって、滝川は頷いた。


 今考えると、きっと俺は、陽に一目惚れしたんだな―――


 次の日、陽が滝川に聞いてきた。

「ねえ、これからあおい君のこと、『あおくん』って呼んでいい?」


 こいつ、まだ勘違いしているのか。


 そう思ったけれど、今度もやっぱり、まあいいかっという気分になって、「別にいいぜ」と頷いた。


 こうして、滝川は『あおくん』になった。

 

あおい』という名が特別になる。

 急に甘酸っぱい響きになった―――

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