第16話 光の園

 ステラパークのイルミネーションは、六百万球の光で覆いつくされ、まるで光の花畑のようだった。デートの最後を締めくくるのに、うってつけの場所だ。


「お前たち、二人で回って来いよ。俺たち適当にゆっくり歩いていくからさ」

 良平と茜に滝川がそう声を掛けると、二人は頷いて、肩を寄せあって歩いていく。その後ろ姿を見て、陽人はちょっとおかしくなった。この二人と滝川さんが出かけたら、確かにお邪魔虫だ。

 茜は、滝川が自分たちと距離をおいていると心配していたが、それは仕方ないよねと、思わずくすりと笑ってしまった。


「うん? どうした?」

「良平さんと茜さん、お似合いのカップルですね」

「まあな。あんなガサツな茜が、良平みたいないい奴と出会えたのは奇跡だと思うぜ」

 言っていることは酷かったけれど、言い方は優しかった。


 本当はすごく嬉しいんだろうな。茜さんも良平さんも幸せそうだから。

 陽人は滝川の横顔を見ながら軽口をたたく。

「俺が一緒で良かったですね。滝川さん!」

「全くだよ。一人であんなリア充見せつけられて、我慢していられるかっ」

 

 道なりに歩いていくと、巨大な花やお菓子のモニュメントの合間に光る椅子が置れていて、たくさんのカップルが座って写真を撮り合っていた。

「イルミネーション、こんなに広いと圧巻ですね。綺麗だな」

「まあな。でも俺はこんなギラギラした光より、蛍の儚げな光の方が好きかな」

 珍しく、滝川が過去に繋がる言葉を漏らす。

 陽人は驚いて振り返った。

 波打つ光の中に浮かび上がる、滝川の穏やかな横顔。優しい表情に気づいていないのは、おそらく本人だけだろうなと陽人は思った。

 

 高校の時に行った蛍観賞。

 あの時は良平と茜と……陽も一緒だったな。

 色とりどりの電飾を見つめながらも、滝川の心はあの日を思い描く。

 儚げに点滅する黄緑色の光。時折ふわりふわりと舞うように近づいてくる光。

 顎下にすっぽりと納まった陽の温もり―――


 穏やかな表情が一転、切なげになった。


 茜から聞いた瞳の先の人物。陽さんを思い出しているんだろうな。 

 そう思い至った陽人は、静かに滝川が歩きだすのを待っていた。 

 

「今日はありがとうございました!」

 並んで進みながら礼を言えば、いつもと同じぶっきらぼうな声。

「別に、連れて来たのは俺じゃないだろ」

「そうですけど、滝川さんが行くって言ってくれなかったら、俺も付いて来れなかったから」

「楽しかったか?」

「すっごく!」

「なら良かった」

「滝川さんは?」

「うん?」

「滝川さんは楽しかったですか?」

「……まあな」

「じゃあ、良かったです!」

 滝川は少し驚いたような顔をして、次に照れ臭そうに目をそらした。


 飲み込まれそうな光の渦の中。黙っていると視覚がマヒしてくる。聴覚も感覚も鈍くなり、平衡感覚さえ失われる。残るのは浮遊感。

 男二人で漂うイルミネーションも、案外悪くは無いなと陽人は思った。

 何よりも大切な思い出ができたこと。それが無性に嬉しかった。


 

 次の週の木曜日、まだ夜の明けきらぬ頃。

 滝川木工店から静かに軽トラのエンジン音が遠ざかっていった。


 こんな朝早く、滝川さん出かけたんだ。どこに行ったんだろう……。


 そう思いながらも、陽人はまたひと眠りしてしまった。

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