第14話 伊豆へ

 二人が朝食を食べている間、どこへ行くかの相談をする。

「陽人君、どこ行きたい?」

「どこでもいいです。俺あまりドライブに行ったことがなくて」

 前の職場の仲間と出掛けたことはあったが、車はレンタル、シフトもバラバラ。結局二回ほどしか行けなかった。だからどこでも楽しみだなと、一気にワクワクしてきた。

 

「私、ステラパークのイルミネーション見たいな。明日も休みだし、ちょっとくらい遅くなっても大丈夫でしょ?」

「お前な、陽人に聞いたそばから、自分の意見言うなよ」

 滝川がツッコむ。

「陽人君、伊豆はどうかな?」

 良平がその場の雰囲気をなだめるように、にこやかに尋ねてきた。

「あ、はい。俺もイルミネーション見てみたいです」

「やったー! やっぱり陽人君は優しい。どっかの誰かさんと違って」

 茜は素直に喜んで、伊豆高原へのドライブが決定した。 



 支度をして外に出ると、ブルーの新しい車が停まっていた。

「新車か?」

「そう見えたらラッキー。実は中古だけどね。走行距離少ないのを見つけて、これは買いだ! と思って、衝動買いしたんだ」

「珍しいな、衝動買いなんて」

 良平と話す滝川は、肩の力が抜けていて穏やかだった。


 滝川さん、良平さんと話せて嬉しそうだな。

 そう思うだけで、なんだか嬉しくなる陽人だった。


 運転席に良平、助手席に茜、後ろの席に滝川と陽人が座った。

 車の中で簡単な自己紹介が始まる。


 山下茜やましたあかねは小学校一年からの滝川の知り合いで、高校までずっと一緒の学校だった。文系の大学を卒業した後、地元の信用金庫に就職。今度口座を作りにおいでと勧誘された。

 大山良平おおやまりょうへいは高校からの付き合いで、滝川とはサッカー部で知り合った。当時から冷静沈着。サッカー部のキャプテンも務めていた。理系の大学院卒業後、企業の研究所に勤務している。



「陽人君は、イタリアンレストランに勤めていたんだよね」

 茜が振り向いて、「今度イタリアン料理教えてね」と付け加えてきたが、陽人は「ウェイターだったので、料理はわかりません」と謝った。


 西湘バイパスを降りて伊豆半島の入り口に差し掛かると、予想通りの渋滞。

「土曜だから、やっぱり混むか」

「これじゃあ、いつ辿り着けるかわからないわね」

 そのままノロノロと進んでいたが、滝川が思わずと言う感じで良平に声をかけた。

「お前、山道運転できるか?」

「いや、あんまり得意では無いけど」

「俺が運転しても良かったら、抜け道いくか?」

「え! そんなの知ってるのか」

「以前仕事で、伊豆高原の別荘の修繕に通っていたことがあってさ。この辺りの道は詳しいんだよ」

「えー。骨董品のくせに」

「誰が骨董品だ!」

 茜の横やりに滝川が一睨み。そんな二人に頓着無く、良平は途中の駐車場へと車を停めた。

「葵、頼むよ」

 

 運転を変わると、滝川は鮮やかな運転テクニックを披露しつつ、次から次へと抜け道を進んで行った。

 隣の席に茜が移って来たときは、陽人の緊張が限界値を越えかけたが、三人の面白いエピソードを色々教えてくれたので、大分緊張が解けてありがたかった。

 抜け道は確かにカーブのきつい道が多く、で眺めの良い道も多かった。でも、そのお陰でお昼を少し過ぎた頃には、無事目的地付近に到着することができた。

「すごいね。本当に着いちゃった」

「昼どうする? 寿司でもいいか?」

 心当たりがある様子の滝川。

「寿司! 寿司! 食べたい」

 茜の言葉に、「了解!」と言って、今度は海沿いの細い抜け道へ入った。

 十分ほど進んだところで小さな漁港が現れて、その並びに数軒の店が並んでいる。

 海沿いの駐車場に車を停めると、『頑固寿司』と書かれた看板の店へと皆を誘った。

「葵、本当に詳しいんだな。お陰で助かったよ」

「悪いな、運転しちまって。後は頼むよ」

 

 店内に入ると、店主が滝川に声を掛けてきた。

「あれ、滝川君じゃないか! 久しぶりだね」

「おやじ、久しぶり。いつもの奴もくれる?」

「了解! 座敷でもいいかな?」

「ああ」

 四人で奥の畳へ座る。店内には他に二組。

 出されたお茶と手拭きで一息着いたところで茜がいつもの憎まれ口をたたく。

「葵、出不精だと思っていたけど、いろんなところに詳しいんだね。意外。これなら、いつでもデートのエスコートできるじゃん」

「うるせえ。勝手に言ってろ」

「そう言えばいつものって何ですか?」

 話題を変えるように陽人が尋ねると、

「この店、裏メニューがあって、海鮮山盛りの巻物が出てくるから」

「じゃあ、それ以外の物を頼めばいいんだね」

 良平が心得たように追加メニューを決めていった。


 こういうのを、っていうのかな。滝川さんと良平さんって、多くを言わなくてもわかりあってる気がする。


 彼らの繋がりの深さを感じて、陽人はたまらなく嬉しくなった。そして、この中に自分が入れてもらえたことに、心から感謝する。


 今までは掴んでも掴んでも零れ落ちてばかりのえにしばかりだった。空っぽの手のひらに、ようやく切れない糸の端を握り締めることができた……そんな安堵感が広がっていった。

 

 さすがに、漁港の寿司屋は新鮮で美味しかった。

「あー、美味しかった。この後、どうする? せっかく海沿いに来てるから、海でも見に行こうよ。まだまだイルミネーションまで時間あるし」

 茜の提案で、次の目的地は城ケ崎海岸の吊り橋に決まった。

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