Episode 3  支える机

第13話 ドライブの誘い

 滝川は太陽が好きだった。

 太陽の日差しを浴びていると、温かく包まれているような気分になれる。

 だから、一日の中で何度も浴びに出る。大工と言う仕事は、それが可能だったから、滝川にとってピッタリの仕事だと思っていた。


 土曜の朝早く、雨戸を開けると雲一つ無い空が広がっていた。太陽はまだ、東の地平線近くでのろのろしていたが、暁の空気は新しい予感を運んできていた。

「今日もいい天気になりそうだな」



「陽人君いる?」

 朝食の準備をしていると、玄関ベルと同時に山下茜やましたあかねの声がした。陽人が慌てて扉を開ける。


「おはよ! 陽人君、今日暇?」

「おはようございます」

 陽人は茜の元気な声に気おされながら挨拶を返す。

「また、お前か」

「葵のことなんか、呼んで無いし。私は陽人君に声かけているだけだし」

 台所から顔を出した滝川が、シッシッと手を振る。


「葵といても、どこも連れて行ってくれないでしょ。あいつ埃をかぶった骨董品みたいに、どっこも遊びにいかないのよ。つまんないよねー。だから陽人君、良かったら一緒にドライブ行こうよ」

「え?」

「お前! 陽人にちょっかい出すなよ」

「あら、自分が誘われないからって、やっかんじゃって。心配だったら、葵も来ればいいじゃん」

「お前なー」

 滝川がほとほと参ったと言う感じで首を竦める。


「お前と出かけるくらいなら、家で昼寝していたほうがだ」

「何よ!」

「それにドライブって、お前車持ってないくせに。俺の軽トラあてにしているんだったら、計算ちがいだったな。軽トラは三人乗れないんだよ! あ、お前荷台で十分か」

「ほんっとに、葵って失礼な奴! 車はあります」

「もしかしてお前の運転? 危ない危ない。命が危ない」

 茜はフンっと鼻で笑うと、

「私の車じゃありません。りょ……」

「俺の車、俺の運転だったら、一緒に行くだろう? あおい

良平りょうへい!」

 滝川は玄関口に現れた青年に目を見開いた。

「久しぶり!」


 滝川の事を『葵』と呼んだ人物は、滝川より少し背が低く、眼鏡に細面の穏やかな雰囲気の青年だった。

「良平、久しぶりだな」

 そう答える滝川の顔が珍しく嬉しそうに緩んだ。良平と呼ばれた青年もニコニコと滝川を見つめ返す。

「実は、俺、車買ったんだよ。せっかくだから、今日は遠出してみようと思ってさ。葵も一緒にいこうよ」

「いや、俺は……」


 即座に否定の言葉を口にする滝川を遮るように、茜が陽人へ良平を紹介してきた。

「陽人君、彼が、私の彼氏の大山良平おおやまりょうへいよ。ずっと紹介したかったんだ。これからよろしくね」

「君が陽人君だね。大山良平です。よろしく」

 良平は、陽人の方へ視線を向けて丁寧に挨拶した。

牧瀬陽人まきせはるとです。こちらこそよろしくお願いします」

 静かだけれど説得力のある声音。穏やかだけれど誤魔化しが効かない眼力。

 登場するだけで、その場の雰囲気をスーッと落ち着かせるような人だなと思った。


 この人も、昔からの知り合いっぽいな。あおいって呼ばれても怒らないってことは、滝川さんととっても親しいんだろうな。


「陽人君も、一緒に行こうよ。今日、何かやらないといけない用事でもあるのかな?」

「いえ、それは無いですけど……お邪魔では?」

「陽人君の歓迎会も兼ねてどうかしら?」

「俺の歓迎会!」

「そうそう、まだやってなかったもんね。いこいこ!」

「あの、それは……」

 歓迎会と言ってくれるのを無下には断りづらい。口ごもっていると、

「迷惑だったかな?」

 良平がすまなそうに言ってきた。

「いえ、そんなとんでもない。嬉しいです!」

「じゃあ、決まりー!」

 結局、茜の言葉で決着がついた。


「陽人、無理しなくていいんだぜ」

 滝川が慌てて間に入ろうとしたが、

「心配なら、葵も付いてきなさいよ。どうせ、あんた暇なんだからさ」

 痛烈な一言で、滝川の負けが決定した。あきらめたように頷く。

「わかった。朝飯食べたら出発しよう」

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