第12話 遺すべき言葉

 あれからも、滝川は一人黙々と改築工事を続けていたが、時々、大黒柱を触っては、杉浦おばあさんの言葉を思い出していた。

『木の呼吸に合わせること』それは善三じいさんが常に示してくれていた教え。

 だから大黒柱に触れては、何度も何度も心に刻み直す。

 じいさんの心に触れる一時は、滝川にとってかけがえのない時でもあった。


 そんな滝川の姿を庭から見つめながら、陽人は先日感じた違和感を思い出す。

 杉浦おばあさんを見つめる瞳には、別の誰かが映り込んでいるような気がしてならない。なぜ、そう思うのかもわからないし、直接尋ねる勇気はさらさら無いけれど。



 結局、改築工事の完成を待つこと無く、杉浦おばあさんは亡くなった。

 心不全で突然に。


 滝川と陽人、兵藤や秋山も一緒にお通夜に行った。親戚の人が取り仕切って、こじんまりとした家族葬の形だったが、滝川達や『清光園』のスタッフも来て、思ったよりも賑やかな感じになった。

 杉浦おばあさんは、まるで眠っているように穏やかな顔をしていた。


 帰り際、『清光園』のスタッフが滝川に声を掛けてきた。

「滝川君、杉浦さんとお出かけしてくれてありがとうね。あの後、杉浦さんとっても喜んでいてね、何回も何回もその時のお話をしていたのよ。でも、突然だったから驚いたでしょう。気を落とさないでね」

 滝川は黙って頭を下げた。

 杉浦おばあさんの死は悲しかったが、驚いてはいなかった。

 家を見たいと言った時に、滝川にはなんとなくわかっていたから。おばあさんが死を間近に感じていることを。


 死を覚悟した人は、どうしてこんなに優しいんだろう。

 いつも必ず、残る人のことばかり考えている。

 優しい言葉ばかり残してくれる……。


 滝川は額に手を当てた。

 あの時、杉浦のばあさんは、『慌てなくても大丈夫』と言っていた。『いっぱい目に焼き付けておくから』とも。だから、心の奥底では死に気づいていたんだろう。

 俺にじいさんの話をたくさんしてくれたのも、たまたま思い出したからでは無かったんだろうな。

 きっと伝えようとしてくれていたんだ。


 心の中で、もう一度、「ありがとう」と呟いた。



 滝川が、三日月の形に見える木の板を切り出していた。

「何に使うんですか?」

 陽人が興味を持って尋ねると、

「まあ、ちょっとな」

 そう言いながら、大黒柱の周りにその丸く抜けた部分を当てて、大きさや形を確かめている。

「ここに物を置く台を作ろうと思ってさ」

 それほど大きくは無いが、大黒柱にピッタリ寄り添うような台を作るつもりらしい。ちょっとしたもの……そう、例えば写真立てとか一輪挿しの花瓶とかなら乗せて飾れそうな大きさ。


「写真ですね!」

 滝川が、杉浦おばあさんの写真を焼き増ししてもらっていたことは気づいていた。それはこのためだったのだと、陽人は素早く理解する。

「ああ、じいさんとばあさんの記念写真。海が見れるように置ければいいかな」


『改築工事が完成したら、またこの写真を飾りましょうね』……そう言っていた杉浦おばあさんの言葉を、滝川は覚えていたのだ。


「いいですね。杉浦おばあちゃん、喜びますよ。これで、これからもずっとおじいさんと一緒に海を見ながら暮らせますね」

「そうだな」

「勝手に置いたら、兵藤さんに怒られますかね?」

「大丈夫だろ、あのおっさんなら」


 杉浦おばあさんが好きだと言った檜の大黒柱は、今日も変わらず海を見続けている。

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