Episode2 海を見つめる大黒柱
第7話 日曜の外出
日曜日の朝食後、
今日は朝から穏やかに晴れて洗濯日和だったので、さっきベランダに干し終わったところ。風が爽やかで気持ちがいい。
ハローワークからの連絡で、レストランのアルバイトの話がいくつか来ていた。今までの経験を生かすと言う意味では、手っ取り早い選択肢だと思う。
けれど、陽人は改めて、自分はどんな仕事がしたいのだろうと考えていた。
高校を卒業した時は、兎に角住むところの確保が最重要だった。何の仕事をしたいとか考える余裕もなく、住居込みで条件の良いところ。それだけで十分だった。
でも、今は住むところがある。失業保険も、倒産による解雇なのですぐに支給されることが決まった。ならば、この際慌てて決めるよりも、じっくり考えてから決めても良いのでは無いかという余裕が生まれた。
自分は器用なタイプでも無いし、何か秀でた能力も無い。でも、今回のことで安定した職種につくことの大切さを痛感したから、やっぱり何か手に職でもつけようかな。つらつらと考えていると、ふと寂しさに襲われた。
一生この家に間借りできるはずは無いんだよな。いずれ、滝川さんにも家族ができるだろう。四の五の言ってないで、一日も早く自活できるような仕事につかなくては。
その時、扉をノックする音が響いて、滝川が顔を出した。
「陽人、俺、ちょっと出てくるからな」
「あ、はい」
答えながら陽人は、唐突に野次馬根性が沸き上がった。
休みの日の滝川さんって、どんな事して過ごしているんだろう?
いつもなら、他の人のプライバシーに踏み込もうなどと考えたこともない陽人が、珍しく積極的になった。
「滝川さん、俺も一緒に行ってはだめですか?」
「別にいいけど。面白いところに行くわけじゃないぞ」
「いいんです。どうせ暇なので」
「んじゃ、車に乗っていてくれ」
ワクワクしながら軽トラの助手席に座った途端、急に後悔の波が押し寄せてきた。やっぱり図々しすぎたかな。降りよう。
ドアノブに手を伸ばしかけたが、滝川が乗り込んできて直ぐに出発してしまった。
「そう言えば陽人、お前運転免許は持っているか?」
「いえ、余裕無くて」
「慌てて仕事探さなくていいんだからな。まあ、無理にとは言わないけど、免許はあると便利だな」
「そうですよね。ありがとうございます。失業保険ももらえることになったし、よく考えながら仕事を探したいと思っていたんです。だから、思い切って教習所に通って、先に免許を取ってしまうほうがいいのかも」
「そうすればいい」
ついさっき、ゆっくり仕事を探そうと思ったばかり。でも、心のどこかでは、早く就職して滝川への家賃代を増額しなければと葛藤していたのも確か。
そんな陽人の気持ちに気づいたかのようにかけられた細やかな気遣いの言葉に、陽人は素直に感謝する。
ぶっきらぼうな話し方でありながら、滝川の言葉はいつも繊細さを宿していた。
「それと……敬語、いらないから」
ぶっきらぼうに拍車がかかった口調で、ぼそりと滝川が付け加えてきた。
「あ、でも、滝川さんの方が年上だし。なんか先輩って感じで落ち着くから、このままでもいいですか?」
「……お前がそれでいいなら別にいいけどよ」
町中とは逆方向へ進むと、民家が減って畑の数が増えてくる。丘山の緑が美しい一角に、三階建ての大きな建物が見えて来た。
入り口に『清光園』と書かれている。
滝川さんの出かける予定って、老人ホームだったんだ!
陽人は思ってもみなかった行き先に驚いた。
「あの家の持ち主だったばあさんがここにいるんだ」
滝川の言葉に、更に驚きが深くなる。
あの家とは滝川が現在改築している日本家屋の事。身内でも無いのに休みの日を使ってわざわざ訪ねているとは、思ってもみなかった。
そう言えば、子供がいないって言ってたし、滝川さんのおじいさんの知り合いだからか。
滝川さんらしいな……と陽人は思う。
普段は口数が少なくてとっつきづらい雰囲気なので、一見他人との関りを拒んでいるように見える。
でも本当は、人との縁を大切にしている人なんだよな。
あ、だから俺の事も当たり前のように助けてくれたんだ!
不器用な優しさに、フワリと心が包まれた。
車を停車させてから、滝川がぼそりと言った。
「家の進捗状況の報告もあるしな」
そして言いづらそうに、
「陽人、ばあさんはちょっと認知症があってな。俺の事を、旦那と思っているみたいなんだよ。だから、話を合わせてやってくれないか」
「旦那さんって、そのおばあさんの亡くなったご主人の事ですよね」
「ああ」
「わかりました」
「ありがとな」
即答する陽人の目を見てほっとしたように礼を言う。その声音に陽人への信頼を微かに滲ませた。
受付で名前を書くと、奥で仕事をしていた職員の女性が、わざわざ席を立って声を掛けてきた。
「滝川君、今日も来てくれたの! いつもありがとう。杉浦さん、あなたが来ると喜ぶからね。良かったわ」
職員に顔を覚えられるくらい頻繁に、滝川はそのおばあさんを訪ねているのだと陽人は思った。
スリッパに履き替えて、三階の杉浦おばあさんの部屋へと向かった。
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