第3話初めてのプリクラ

 時間が随分と長く感じた。

 人間関係的な意味で、違う世界にいると思っていた人が、本当の意味で違う世界の人間だった。

 こんなことが現実で起こるものなのか。

 ああーー


「夢みたいだ」


 気付くと奏汰は、そんなことを口にしていた。

 そこからの奏汰はまさに取り憑かれていた。

「ねぇ、ちょっと翼触ってもいい?わぁ、すごくふわふわだ……この尻尾で獲物を丸呑みにするのかな?きっと気持ちいいだろうなぁ……」

ーーどういうこと!?

 木夏は奏汰のかなり変わったモンスター娘に対するイメージの理解に苦しむ。因みに木夏たちの種族というか亜人族には尻尾で食事をする種は存在しない。

「ちょ、ちょっと待って!」

奏汰の猛烈な勢いについていけそうになかったため、一旦制止する。

「一回服着ていいかな……?」

 木夏が苦笑いを浮かべながらいうと、我に返った奏汰は、顔をすもものように赤くした。

「あわわわ、ごめんなさい!つ、つい………」

「ううん、ダイジョブ……」

 木夏は先程脱いだ服を着直し、二人は元の配置に戻った。

「それでその……返事はーー」

「いいです歓迎ですこちらからお願いします申請します!」

「あ……ありがと……」

予想以上の反応に困惑する木夏であった。


      ◇   ◇   ◇


 次の日、奏汰は鼻歌を歌いながら登校していた。

「フフフ、ふふ腐腐、腐腐腐腐腐腐………」

「どうしたんだい?いつもとは比べ物にならないほど腐男子をぶちまけてるけど」

 腐のオーラをまとって上機嫌な奏汰に、疾風は顔に仏のような笑みを貼り付けて言う。因みにここで言う腐男子は、世間一般のBL好きなんて生ぬるいものではなく、本当に腐りきってる男子つまり奏汰のことである。そういう意味では、奏汰は腐男子より腐男子してるかもしれない。

「フフフ、まぁな……お前もいずれ知るときが来る……」

 奏汰はそう言って口元を緩ませる。しかし、木夏とのことは一切口にしなかった。

 あの後、木夏とのことについては『秘密』と二人で決めたのだ。

「……そうかい」

 奏汰のオーラに圧倒されながら、疾風が言った。

 そして教室では、羽中田先生も奏汰の圧倒的腐のオーラに異変を感じていた。

「お前は一体何があったというのだ……」

 奏汰な腐りっぷりは普段から飽きるほど感じている先生でさえ、この反応だ。

 あれから一週間ほど経った頃、午前の授業が終わり、生徒らは一斉に教室から飛び出した。その渦の中に混じった奏汰は、そのまま屋上へ向かった。

 屋上は、基本的には施錠されていて入ることができないが、非常階段からならその限りではない。

 奏汰は錆びついた柵を押して人気の無い屋上を見渡した。

「あれ、ここに集合のはずなんだけどな………」

 今日、奏汰と木夏は一緒に屋上で昼食をとる予定だ。

 奏汰は携帯のを取り出し、着信履歴を見るが木夏からは無い。

ーーなんかあったのかな?

 奏汰が、木夏を捜そうと非常階段を降りようとした途端、息を切らした木夏が来た。

「ごめん!待った?」

 汗だくの見た目に反した石鹸の香りに、思わず顔が熱くなる。

「いや、待ってない!全然待ってないよ!」

 緊張したせいで早口になった奏汰を見て、木夏は柔らかい微笑みを浮かべる。

ーーああ、女神様。

「とりあえず、人目につかなさそうなあそこで食べよっか」

「あ、はい……」

「あ、また敬語使った!」

「あ、うん!そ、そうしよう!」

 木夏に敬語を指摘され、カタコトのタメ口で修正する奏汰。その初な姿は、普段の異常性欲者のそれとは、まるで別人だった。

 塔屋の陰に腰を下ろした二人は、早速昼食の準備を始めた。

「あれ、木夏さ……木夏のは?」

奏汰は、木夏が弁当袋を持っていないことに気づいた。

「ああ、きっと奏汰が見てみたいだろうと思って、異空間にしまってあるよ」

「え、異空間!?あの魔剣とか入れてる!?」

「それは、冒険者とか限られた前線の人だけだよ」

 軽くツッコミを入れてから、木夏は、右手をかざして、魔法陣を作って見せた。

「おお……」と目を輝かせながら眺める奏汰。

「いくよ〜!……それ!」

 勢いよく抜き出したその手にあったのは、先程までなかったはずのかわいい弁当袋だった。

「おおお………!」

 木夏にとっては普通のことだが、やはりこういったものを見たことがない奏汰にとっては新鮮で興奮するものなのだろう。

「す、すごい!どうやって………?俺にもできるか………?」

「奏汰くんは難しいかな?」

 木夏が笑いながら弁当のフタを開ける。

 弁当のメニューは、玉子焼きにタコさんウインナー、ミートボールに梅干しの乗った白米と、ありきたりながらもなかなかに完成度の高いものだった。

「わぁ、これ全部木夏が作ったの?」

「うん、結構頑張って作ったんだよ!」

ふわっとした微笑みでまたしても顔が赤くなってしまう。

 この弁当が自分と食べるために作られたと考えるとなんというか、嬉しさで死ねる。

 そこから多少の雑談を交わしてから、二人は昼食を食べ始めた。

「はい、あ〜ん」

「あ〜ん」

 木夏は奏汰の口の中に玉子焼きを放り込んだ。

 近くでしっかり見ると、奏汰も結構整った顔をしていると木夏は内心思った。

「うまっ!」

 奏汰が思わずこぼしてしまう。

「でしょっ!」

 内心隠し味の反応が心配だった木夏だが、それを隠すように「自信作なんだよ〜」と続けた。ちなみに隠し味とは、異世界ではかなり人気のあるとある幼虫を乾燥させた調味料だ。

「木夏さんは料理も上手なんだね」

 口をもぐもぐさせながら奏汰が言う。

「へへ、ありがと」

 そんな感じの微笑ましい昼食は、昼休みが終わるまで続くのであった。


      ◇   ◇   ◇


 放課後、二人は学校から少し離れたところにある喫茶店で勉強をしていた。駅からもバス停からも離れたこの喫茶店にしたのはこの関係が2人の秘密だからなのは言うまでもない。

「これは判別式を作って、こうなるから………」

「ありがとう。奏汰くんの教え方すごいわかりやすいね!」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

この日のために数学の勉強量を増やした奏汰は、それが報われたことにとても満足した。

 そんな奏汰の頑張りもあり、木夏の課題は予定より30分も早く終わった。

「かなり時間余っちゃったね〜」

「そうだね……」

 木夏の役に立てて、彼氏らしいことをできたのはいいが、やはり奏汰にとってこのまま帰るのは少し短すぎるように感じた。それは木夏も同じ思いだった。

 奏汰はもう少し一緒にいようとストレートに言おうとするが、それはなんか違う気がして飲み込んだ。代わりに別の言葉を紡ぎ出した。

「そういえば、この近くにゲーセンがあるんだけど、よかったら一緒に行かない?」

それを聞いた木夏は、思わず「えっ、今から?」と返してしまった。それに反射するように、奏汰も「うん、今から!」と返す。

 一瞬戸惑った木夏だったが、直後にまだ一緒にいられるという嬉しさが溢れ、すぐにOKをしてしまった。

「よし、じゃあ早速行こうか!」

 荷物を片付けて、会計を済ませてから、二人はゲームセンターに向かった。

 奏汰がよく通っているそのゲームセンターは、ボウリングやビリヤード、カラオケなども楽しめるかなり大型の施設だ。都会のと比べれば大したことは無いが、この田舎町の中では、一番大きい。

「うわー惜しい!」

穴の横の仕切り板に落ちたぬいぐるみが、惜しくも反対側に転がっていく。

施設に入るや否や、まず奏汰が目をつけたのは入り口付近にある某有名アニメのぬいぐるみだった。本来ならフィギュアゾーンに一直線だが、今回はそうも行くまい。

「残念だったね。次の台行ってみようよ」

「うう……」

 少しへこみながらその台を後にしようとしたとき、少しチャラついたカップルが目に入った。その彼氏の操作するアームは、猫のぬいぐるみを確実に掴んでいる。そしてそのぬいぐるみは、どこかに当たることもなく、まっすぐと穴に落ちていった。

「キャーかわいい!マジ彼ピかっこいいんだけど!」

「まぁ、男は最低でもこうでなきゃな」

ーーこのクソリア充ヤ◯チンがあああ!!!

「……やっぱり獲ろう」

5400円の出資の末、ようやくぬいぐるみを獲ることに成功した奏汰であった。少し泣きたい。

 その後も少し散策して、最後に2人でプリクラを撮ることにした。

「プリクラかぁ、俺初めてだ」

「私も初めてかも」

「とりあえず入ろっか」

 百円玉を四枚入れて、機械の中に入った。

「ポーズ何にしよっか〜」

「俺あんまりポーズとか分からないからな……女の子の間で流行ってるポーズとかある?」

「どうなんだろ、ちょっと調べてみるね」

ーーカシャッ。

「なんか二人でハート作るらしいよ」

「ハートかぁ、こうするのかな」

「そんなかんじそんなかんじ!」

「はいチーズ!」

ーーカシャッ。

「間違えちゃった。大きいハートじゃなくて小さいハート作るんだね。」

「ダイジョブ、もいっかい!」

「はいチーズ!」

ーーカシャッ。

「ちゃんとできたね!」

「うん、次はこのポーズしよ!」

「え〜っと、こう?」

「多分!」

ーーカシャッ。

「今度は小顔ポーズっていうのやってみよ!」

「こうかな?」

「そうそう、それでもっと顔寄せて……はいチーズ!」

ーーカシャッ。

「次は俺がお姫様抱っこするよ!」

「えっ、ちょっとまって」

「うわあああ!」

ーーカシャッ。

「じゃあ次は次は……ってあれ?」

気づいたときにはもう撮影は終わっていた。

『落書きブースに移動してね!』

 右矢印を表示する画面に従って、2人は隣のブースに移る。

 目に飛び込んだ写真に、二人は固まってしまった。

「これは………」

「すごいね……」

 なんとまともに撮れている写真がないのだ。

 1枚目ーースマホを見る2人。

 2枚目ーー奏汰が大きなハートを、木夏は小さいハートを作っている。

 3枚目ーーハートはできているが奏汰の顔が切れている。

 4枚目ーー木夏が肉球ポーズなのに対して奏汰がただのグー&木夏の顔が切れている。

 5枚目ーー二人とも小顔ポーズで揃っているが奏汰の目が中途半端に閉じている。

 6枚目ーーお姫様抱っこだが奏汰が体勢を崩して木夏の顔が目しか見えていない。

「なんか……いかにも初心者って感じだね!」

「そうだね……」

 木夏の言葉に、奏汰はそう返すしかなかった。

 それから、二人で適当に落書きをしたりして、プリントした。

「それじゃ、気をつけてね!」

「うん、奏汰くんも気をつけて!」

 こうして二人は別々の帰路についた。

 帰り道、今日撮ったプリクラを眺めて笑った。

「へへ、かっこわりぃ」

人生で初めてのプリクラがこうなるとは。まあ、これはこれでいいじゃないか。そんな風に感じながら、涼しくも蒸し暑い夜道を歩いた。

一方で木夏も、2人の写真を眺めていた。

「奏汰くんって意外とかわいかったなぁ……」

木夏もまた、幸せそうに顔をほころばせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の〇〇が普通じゃない。 三ツ石光輝 @IDESAN

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ