第2話俺の出会いが普通じゃない。

 8月某日、斎条高校は夏休みに入っていた。

「ふあぁぁ……」

 夏休み4日目までに全ての課題をやり終えた奏汰は、絵に描いたような怠惰な生活を送っていた。高校進学のために一人で引っ越してきた奏汰に、それを指摘する人は誰一人といない。

「はぁ、こんな幸せな生活初めてだ……このまま異世界に旅立ちたい……」

 ベッドに横たわりながら、そんなことを呟く。

 すると、不意に携帯電話が、鳴り出した。

「……?………げっ」

 画面には、『破』という文字のアイコンの下に、黒で『羽中田先生』と表示されている。

 奏汰は指を手汗で濡らしながら、通話を押した。

「……はい」

 恐る恐る電話に出て、最初に聞こえたのは無論、いつものあの声だった。

「桐生か?いきなりで悪いんだがーー」

「次の言葉次第で切りますよ」

「なに、身構えることはない。野球部の助っ人をしてくほしいんだがーー」

プーー、プーー、プーー…………

 奏汰は反射的に通話終了ボタンを押した。

「はあ、ホントなんなんだよ……」

 奏汰は再びベッドに横たわり、ラノベを読み始めた。

 ここ最近、どこから聞いたのか、奏汰が野球経験者で高い技術を持ってるという情報を手に入れた羽中田先生が頻繁に自ら顧問を務める野球部の助っ人に呼んでくるようになった。

「俺、野球なんて上手いわけじゃないんだが……」

 奏汰が困ったように小さく呟く。

ピーンポーンーー

 すると、今度は家のインターホンが鳴った。

「誰だ……?」

 奏汰はフラフラと寝ぼけた足取りで玄関へ向かう。

「はーい」

 奏汰は締まりのない声で返事をして、玄関を開けた。

「あ、桐生くんおはよ」

「…………」

 奏汰は取手を掴んだままで固まった。

 そこには、誰が見てもかわいいと言うであろうほどの怪物レベルの美少女、柏木夏がいた。

「……えーっと、どうされました?」

 木夏のアイドル顔負けのスマイルに圧倒され、最初に出たのがその一言だった。

 すると木夏が、頬を赤くして言った。

「ちょっと、桐生くんに用があって……」

 木夏の言葉を聞いた奏汰は、しどろもどろになりながら木夏を家の中に案内した。

「え、えーっと…その、あの〜……とりあえずここじゃあれッスから中に入って下さい」

「いきなりでごめんね」

「べ、別に大丈夫ですよ!」

 奏汰は、散らかった寝室のドアを閉めて、比較的片付いている居間のソファに木夏を座らせた。

 柏木夏ーー入学式から10日で彼女を、口説こうとする者は20人を越えたと言われる奏汰とは違う世界にいる人間、奏汰の言葉で表せば『異界の民』だ。

 そんな人が俺に何の用だ?と奏汰は思ったが、それを訊くより先に、木夏が口を開いた。

「実は私ーー」

 その次の言葉が、奏汰の全身に電撃を走らせた。

「ーー奏汰くんに、その……付き合ってほしいの!」


 それは、奏汰の思考を停止させるには十分過ぎるほどの威力を持っていた。

「…………」

 奏汰は呆けた老人のように口を開けて固まった。

「え、大丈夫……?おーい……?」

 木夏が奏汰の目の前で手を振ったりするが、反応はない。

「うーん……どうしよ………あっ!」

木夏は、何か思いついたのか、勢いよく立ち上がる。そして大きく息を吸って、

「ああ、怒った羽中田先生が来てる!!」

 隣室にも聞こえるほどの声で、そんなことを叫んだ。

 存じている通り、羽中田先生は奏汰の天敵のような人。木夏は、これで正気に戻らないわけがないと踏んだ訳だ。

 奏汰は羽中田先生先生というワードを耳で捉えた途端、きゅうりを見つけた猫のように跳び上がった。

「え、どこ!?野球の助っ人断ったからだ……どうしよう、死にたくない!!」

 いつも何されてるの!?と内心ツッコむ木夏。

「ウソウソ!羽中田先生なんていないよ!」

 またパニクって気絶したりしたら面倒なため、急いで奏汰に嘘だと言うと、奏汰は「なんだぁ……」と胸をなでおろした。

「えーっと………それで、奏汰は………どう………?」

 ハプニングのおかげか、今度は照れずに話せた。

「どうって……まず、なんで俺なんすか……?」


 奏汰は恋愛経験皆無の陰キャな上、相手は、陽キャの頂点に立つ完璧超人。不審に思うのも無理はない。

「なんで、かぁ………」

 奏汰は顔を赤くして下を向く木夏を見て、飛び火がうつったように顔が熱くなったのを感じた。

 木夏は、数秒間の沈黙の末、ようやく口を開いた。

「奏汰くんって、モンスター娘っていうのが好きって本当?」

「え……?」

 突然のことに戸惑う奏汰。

「そ、そうですけど……」

 その答えを聞いた木夏は安心したように、口元を、緩ませた。

「そっか……よかった……」

 木夏は、そんな言葉を口からこぼすと、何を思ったのか、おもむろに服を脱ぎだした。

 当然、奏汰は顔を赤くしながら抗議する。

「な、何してるんですか!?」

しかし、木夏は手を止めようとしない。

「実はね………」

最後のショーツを脱ぎ捨てると、木夏はその健康的な身体から、光を放ち始めた。比喩的な表現ではなく本当にだ。

 何がどうなっているのか理解できていない奏汰は、ただあ然としながら見ていることしかできない。

 光が無くなった木夏を奏汰が目にしたときには、それは奏汰の知っている柏木夏とは全く違う姿をしていた。

 頭には白いピンとたった耳があり、腰からは透き通る銀色の尻尾、背中からは正面から見てもわかるほど巨大な真っ白な翼が二枚生えている。

 口をパクパクさせる奏汰に、木夏は少し弾んだ声で言った。


「実は私ね、異世界から来た亜人族なんだ」

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