『夢の中の箱』

 人の悪意はゾクゾクする程、心地いいなあ。


 ……私が大学二年の時の話をする…………。


 成人式が終わり春が来る。

 もうすぐ初夏だ。

 私、雨月アリナは通販で買った藁人形のグッズが届くのを楽しみにしながら、大学二年生の春を過ごしていた。梅雨で毎日が憂鬱で、雨の日は人の心も曇っていて何処か心地良い。

 最近になって分かったのは、私は所謂、地雷系女という奴に分類されるという事だった。


 黒とピンクと灰色と淡い紫の組み合わせが好きだ。

 そういうファッションもしている。

 耳のピアスも多いし、ツインテールで髪の毛を淡いピンクに染めたりしている。

 何となく買ったファッション雑誌のモデルの子に惚れて、こんな感じの格好をするようになったのだが、世間一般的には変な名前を付けられているらしい。他には、ゆめかわ系という言葉で呼ばれるみたいだ。大きなクマのヌイグルミも当然、持っている。


 なので、外見はよく言われる、ネットで見かける“量産型地雷女”という奴に分類されるらしい。

 ただ、私は物心付いた頃から、幽霊や変な怪異が視えるという事だった。



『赤煉瓦通りにある赤い箱』という都市伝説が大学内では流行っている。

 LINEでひたすらに回ってくる。


 赤レンガで作られた洋風の道がある。


 ある条件を満たせば、この通りに入り込む事が出来る。


 アーチがあって、花々が巻かれている。


 空気が澄み渡っている。

 妙に幸せな気持ちになれる。


 奥に行くと、祭壇のような場所がある。


 そこには赤色の箱が置いてある。


 箱の中身を持っていると、幸せになれるが、手放すと不幸になる。




 LINEで送られてくるチェーン・メールはそんな内容だ。

 まったく、こういうのは中高生で卒業しろよ、と思う。

 特に大学一、二年で浮かれている人間の間で流行っていて、三年、四年共なると就活の事を考え始めるのでそういうのには興味を持たない。退屈な講義と退屈なバイト生活。充実したサークルでの活動も出来ない者達が、そういうのにハマるのだろう。


 私も送られてきたが、誰かに回さずに無視する事に決めた。


 よく私と同じ講義を受けている少女がいる。

 彼女はモエと言う。


「なんかね。例のチェーン・メールが二回、回ってきたんだ」

「ふーん?」

 正直言って、煩わしい。


『煉瓦通りにある赤い箱・2』と題されている。


 赤レンガの道は、夢の中の世界だ。


 ある条件を満たせば、赤レンガの道の夢を見る事が出来る。


 奥に進むと、箱が置いてある。

 開けるのも、開けないのも自由。

 箱の中身は、人間の手首が入っている。


 それは三つの願いを叶えてくれる。

 ただし、願いを叶えるには、生贄が必要になる。

 手首を手に入れれば、必ず願いを叶えなければならない………。



 ………………。

 どうやら、チェーン・メールには続きがあるらしい。

 という事は、三番目、四番目の内容もあるという事だろうか。


「何? これ……?」

 私は思わず、モエに訊ねた。

「分からない…………」


それにしても、箱の中に入っているのは人間の手首か。

まるで、猿の手みたいだな、と思った。

三つの願い事を叶えてくれるが、願いを言う度に不幸になっていく。

もっとも、このチェーン・メールの内容によると持っていれば幸せに、無くすと不幸になるらしいのだが。


今日は五限目までだった。

五限目の授業が終わると、校門目で私はモエと別れる。

その日の深夜の事だった。

モエから電話が掛かってきた。


<ねえ、アリナ! 夢を見たんだよ! 赤いレンガ通りの夢でっ!>

「それで?」

私は寝ぼけ眼で、モエの話を聞いていた。


<なんか花が沢山絡まっているアーチがあって、それをくぐって、しばらく歩いていくと、緩やかな坂道になっているの……>

「ふうん?」

<歩いていて、ふわふわ、とした気分になってきて。降りているのか、登っているのか分からなくなってきて。右に行ったり左に行ったりして歩いていくとさ。一本道だけど。そうすると、祭壇みたいな場所に辿り着いたんだ>

「それで?」

<祭壇の上には、赤い箱があって。ヨーロッパにあるような雰囲気の。開けようとしたら……>

「開けようとしたら?」

<そこで目が覚めた>

「そか。良かったね。何も無くて」

<よくないよ>

「何が?」

<だって、携帯を見たら、三番目のチェーン・メールが届いている。差出人は不明だよ……>



 私は窓際にある机の上に置いてある、宝石箱を弄りながら、モエの話を聞いていた。

 宝石箱の中には私が集めた“魔除け”の道具がある。

 モエと関わって、私まで巻き添えにされたら、溜まったものではない。


「で。三番目のチェーン・メールの内容は?」


 モエは嗚咽を漏らしながら語り始める。


 三番目の内容は簡単なものだったらしい。

 

 三日以内にまた夢を見るので、手首に願いを言わなければならない。

 そして、願いを言う際に自分の大切な人間を一人、生贄として選ばならない。


 私はモエの話を聞いて。

 ああ。これは、人間の悪意の産物だな、と確信した。

 チェーン・メールの内容は、元々は悪意のある人間が作ったものだったが、感受性の強く繊細なモエは想い込みで、本当に夢に見てしまったのだろう。

 私はモエの話を聞きながら、彼女がどうするか、興味があった。


 二日後。やはり、モエは夢の中で手首に願いを叶えたらしい。


 生贄となるのは、大切なもうすぐ中学生になる妹。

 そして、願いは妹を元通りに生き返らせる事。


 マイナスにしたものを、同じプラスを持ってきて、プラマイゼロにする。

 そういう話だ。


 私は心の中で笑った。


 それから、一ヵ月くらい経過した。

 モエの妹は、転落事故にあって重体になったらしい。

 そして、生死の境をさ迷ってから、モエの妹は奇跡的に息を吹き返したと。


 妹は事故で整形した為に、事故前よりも、可愛い顔になったのだと。


「後。手首の願いは二つ残っているんだよねぇ」

 モエはニコニコと笑っていた。


 モエの話を聞くと、妹は何故か、生きたカエルや生魚。ネズミや蛇を好むようになった。ただ、前よりも可愛く、この前は子供モデルにスカウトされたらしい。それでも、モエは妹が可愛ければいい、と嬉しそうだった。モエの眼の奥は、何処か空ろだった。


 私は魔除けのブレスレットを付けながら、モエの背中にどっしりと覆いかぶさっている黒い何かに“あてられないように”する事に決めた。

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