混血鬼のアリア~封印迷宮都市シルメイズ物語~

荒木シオン

真夜中の不法投棄

 月のない真夜中。闇にまぎれて動く三つの人影。


 ここは封印迷宮都市ふういんめいきゅうとしシルメイズ。

 その中心に巨大な大穴、地下深くへと続く大迷宮をゆうする街。

 迷宮からは数多くの財宝や人智じんちを超えた道具などが発見され、都市はそれらを目当てに集まる探索者で日々活気にあふれているのだが……。


 世界中から多種多様な人種、種族がおとずれれば中には不届ふとどき者もいるわけで……。


「ほら! 早くしろ! この時間ならもう人目ひとめにはつかねー!」


「へ、へい! けど、兄貴あにき……これ、すげー重いんですぜ?!」


「だから……バラして運ぼうって言った、じゃん、アタイは……!」


「うっせ! うっせ! 口動かさずに身体からだを動かせ! とっとと捨ててずらかるぞ!」


 人が一人は入りそうな細長い麻袋あさぶくろを抱え、小声でわめきながら急ぎ足で大穴へ向かう三人組。


 ★     ★     ★


 そんな彼らの様子を近くの建物の屋上からうかがう人影が二つ。


「あー、あれ……入ってるっすよ、入ってる! 風下ですし、間違いないっす!」


「そう……今夜もゆっくり休めそうにないわね……」


 両手で眼鏡を作りはしゃぐ赤髪あかがみの少女に、銀髪ぎんぱつの少女が呆れたように相槌あいづちを打つ。


「今日は新月っすからねぇー。不法投棄ふほうとうきも多くなるっすよぉー!」


「えぇ、そうね……。じゃぁ、私は先に行くから……」


「はーい、お疲れーっす。ボクもあとから合流するっすー」


 言うが早いか軽い感じで屋上から飛び降りる銀髪の少女を、何事もないように見送る。

 視線の先には先ほどの三人組……大穴まであと少し。ちょっと急いだほうがいいかもしれない。


 ★     ★     ★


「早くしろ! もう少しだ!」


「へ、へい! ほら、姐御あねごも頑張って!」


だるい……酒飲みたい……」


「同感だわ……赤い葡萄酒ぶどうしゅがいいわね」


「あー、いいすねぇ~。オイラは麦酒エールで!」


「アタイは……キツめの蒸留酒じょうりゅうしゅ……」


「分かった! 分かった! この依頼が終わったらおごってやるか――ん?」


 瞬間、生じた小さな違和感に三人組の先頭を歩いていた男の足が思わず止まる。


「ちょっ、急に止まらねーでくださいよ!」


「早く……重い!」


「いや、待て! そこにいやがるのは誰だ!?」


 振り返り、集団の最後方へ向けて叫ぶ。

 すると夜のとばりからスッと抜け出るようになにかが現れる……。


「今晩は、いい夜ね……」


 美しい銀色の髪を腰辺りまで伸ばした一人の少女だった。

 けれど、微笑ほほえむ彼女は、闇の中にボウッと浮き上がってきたと感じるほどに異質。


 こいつは疫病神やくびょうがみだ……直感的に理解した先頭の男はすぐさま腰の得物えもの、古びた短剣をさやから抜き放ち少女へ飛びかかるが、


「あら、情熱的ね……。でも、血の気が多いのは嫌いなの……」


 そう言うと斬撃ざんげきなんなくかわし、再び闇夜の中に隠れてしまう。


「あ、兄貴?! い、今のは?!」


「分からん! 分からんがヤベーやつだ! 迷宮の化け物かもしれん!」


 麻袋を抱え怯える子分こぶん怒鳴どなる男。

 迷宮生物めいきゅうせいぶつは迷宮の外へ出てこないと言われているが、自分たちのいる場所が場所だ。万が一の可能性もあり得る……。


「あら? 化け物あつかいなんてひどいわ……」


「ヒッ! アンタ! アンタァ!」


 次の瞬間、闇の中からスッとびてきた白い手につかまれ、仲間の女が姿を消す……。


「バネッサアァアアァアアアァアアアアアア?!」


「姐御おぉおおおぉおおぉおおお!?」


 しかし、その呼び声に返ってくる声はない……。


「姐御ぉ……姐御ぉぉ……」


「泣くなダンダ! 男だろうが! そんな暇があったら荷物をとっとと穴へ放り込め! その間、こっちは俺がなんとかしておく!」


「うぐ……へ、へい……」


 男に怒鳴りつけられ子分、ダンダは麻袋の端を肩に掛け、りながら大穴へ向かう。


「さぁ! 来やがれ、化け物! 俺が相手になってやる!」


 短剣を闇に構え、己を鼓舞こぶするかのように叫ぶと、


「だから、化け物扱いしないでくれる?」


 再び闇から浮かび上がるようにして銀髪の少女が姿を現す……。

 不愉快そうに男をにらむその瞳は血のようにあかく輝いていた。


「はっ、はっはっ……! あかい瞳に、その銀髪! クソがっ! てめぇー、うわさに聞く混血鬼ダムピールの『掃除屋そうじや』だな?! 畜生ちくしょう! ついてねぇ!」


 少女の風貌ふうぼうからその正体を察する男。

 迷宮外に実在する数少ない異形いぎょうの存在、吸血鬼ヴァンパイア

 混血鬼ダムピールはそんな化け物とはるか遠い昔、祖先となる只人種ただびとしゅまじわり生まれたと伝わる一族。


「えぇ……分かったら、あきらめて今夜はゆっくり眠りなさい?」


 次の瞬間、男の腹部に衝撃が走り、身体がちゅうを舞う……。

 そのまま地面へ叩き付けられ、薄れる意識の中で目に焼き付いたのは、闇の中で笑う少女の姿。


 ★     ★     ★


「お疲れーっす、アリアっち! こっちも無事制圧したっすよぉ~」


 銀髪の少女、アリアが声のするほうへ視線を向けると、大穴の近くで赤髪の少女がにこやかに手を振っていた。

 その足元にはダンダと呼ばれていた子分の男が気を失い転がっている。


「お疲れ、ベオナ。それで? 麻袋の中身は?」


「いやー、やっぱり人だったっすよ~。さっすがベオナちゃんの鼻っすよねぇ~」


 アリアに尋ねられた赤髪の少女、ベオナはそう答えると得意げに鼻をこす

 それを聞いてアリアは深々とめ息をついた……。

 

 封印迷宮シルメイズ。その底の見えぬ大穴には、この手の後ろ暗いモノが人目ひとめはばかって捨てられることがよくある。

 そうして、それらを今夜のように取り締まるのがアリアたち『掃除屋』の仕事だった。


「はぁ~。ならその自慢の鼻で荷物をどこから運んできたか、追ってくれるかしら? どうやら依頼主がいるみたいなの……」


「うへぇ~、残業確定っすかぁ?」


「えぇ、そうね。夜明けまであと六時間、早く終わらせたいわね……」


「アリアっち、日中はへっぽこっすもんねぇ……」


「それはベオナも同じでしょうに……」


 自分は関係ないというような態度たいどあきれながら言い返すと、なにが面白いのかクックックッとベオナは笑う。


「いや~、ボクは昼間でも只人種並みには活動できるっすけど、アリアっちは仔犬以下じゃないっすかー」


 指摘され、思わず渋面じゅうめんを浮かべるが、事実なので反論のしようがなかった。

 太陽に弱い吸血鬼ヴァンパイア始祖しそにもつ混血鬼ダムピールゆえか、アリアも日中は極端きょくたんに身体能力が弱体化する……。

 ただ逆に夜ともなれば、力自慢の獣人種じゅうじんしゅでさえ真っ向からねじ伏せられるわけだが……。


 まぁ、だからこそ仕事は真夜中の内に終わらせる必要があった。


「うるさい……。いいから行くわよ……」


「了解っすー。今、探索者協会にこの人らの回収もお願いできたんで問題なしっす!」


 いつの間にか縄でしばり上げられ、麻袋の横に転がる例の三人組。


「はぁ~、早く帰って葡萄酒が飲みたい……」


「いいっすねぇー。じゃあ、ボクは蒸留酒のミルク割りで!」


「ベオナ、あれ好きよね? 美味しいの?」


「アリアっち? 人様の趣味に口を挟むもんじゃないっすよ?」


「……それもそうね」


 なんて仕事終わりの予定を立てつつ、アリアとベオナの二人は夜の闇に消えていく。

 封印迷宮都市シルメイズ、その真夜中の平和を守っているのは、昼間には滅多めったに出会うことのない二人の少女たち……。


 ……to be continued?

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