「真夜中」のお披露目

ちかえ

異世界の『真夜中』は?

 もうすぐ始まる。ウティレはわくわくする気持ちを押さえられずそわそわとしていた。


「落ち着きなさいな」


 隣にいる職場の先輩であるヨヴァンカが注意して来る。

 そんな事を言われても困る。これから異世界の星空が見られるのだ。興奮もする。


 これからこの国の王妃が幻影魔術の課題のお披露目をするのだ。


 王妃は元々は異世界のニホンという国の王都トウキョウの出身だ。なのにひょんな事からこの世界に来て、この国の国王と結婚する事になった。


 異世界に来てまだ日の浅い彼女は魔術師としても半人前だ。一応王宮魔術師の副魔術師長をやっているが、魔術師歴としては一番下っ端のウティレの方が長いくらいだ。

 なので、王妃は世界でもトップクラスの魔導師に魔術を教わっている。どうやらかなりの素質はあるようで、この間、彼の正式な弟子に昇格していた。


 その王妃が、今、主に学んでいるのが『幻影魔術』だ。その練習の成果を見る為に、たまにこうやって王宮魔術師全員の前で魔術をお披露目する事があるのだ。


 今までの幻影魔術のお披露目ではニホンの景色をたくさん堪能した。きっと今回もニホンの景色が出て来るだろう。


 そして今回のテーマが『真夜中』なのだ。


 きっと異世界の星空が堪能出来るに違いない。そう思ってワクワクしているのに、この先輩はどうしてこんな風に否定するような態度をとってくるのだろう。


「テーマが『真夜中』だというだけで、それが星空とは限らないのよ」

「真夜中に星が出てないはずがないじゃないですか! ヨヴァンカ様は俺を馬鹿にしてるんですか?」

「……していないけど」


 ねえ、と言いながら隣にいるハンニ——ウティレの先輩で友人——と顔を見合わせている。


「だったら期待を削ぐような事を言わないでください」


 そう言って話を終わらせる。ヨヴァンカは苦笑している。


 ウティレは星空が好きだ。


 幼少期はもっと好きだった。自分を虐待して来る兄姉達がみんな寝静まった頃に窓からこっそりと星空を眺めるのだ。

 美しい星空を見ていると、明日からも負けないで頑張ろうという闘志が湧いてくる。


 幸い、今は故郷とは別の国にいて、殴られる事も蹴られる事も、ののしられる事もない。でも、星空は相変わらずウティレにやる気を起こさせてくれるのだ。


 そんなウティレが異世界の星空に興味が湧かないわけがない。


 王妃が、王と、彼女の師匠である魔導師と一緒に入室して来た。


 ようやく異世界の星空が見られるのだ。


***


 なのに、これは何だろう?


「……王妃殿下?」


 ウティレは困惑を隠さない様子で王妃に話しかける。


「何?」

「……本当にこれが『真夜中』なんですか?」

「『真夜中』よ」


 王妃は『何で? 何かいけなかった?』というような表情をしている。


 いけなかったどころではない。


「なんで……こんなに明るいんですか!?」


 追求すると、王妃は苦笑いを浮かべた。どう言ったらいいのか分からないのかもしれない。


 でも責めたくもなる。星なんかどこにもない。そのかわり真っ暗の夜空の下はたくさんの灯りで溢れ、おまけにその真ん中にひときわ明るい細長い建物がそびえ立っている。


 本当にこれは何なのだろう。


「電気があるからね。夜でも明るいのよ」

「すごく複雑に見えますが、どうやって再現されたのですか?」


 ヨヴァンカの兄のユリウスが王妃に尋ねている。それはウティレも気になった。課題作品なのだ。いい加減に作ったわけではないだろう。


「この間、お姉様が異世界から訪問されたでしょう。その時に『シャメール』……というものを見せていただいたのよ」


 それで納得する。王妃はたまに家族の訪問を受けるのだ。王の力でなんとかしているという。

 『シャメール』が何か分からないが、そういうものがあるらしいという事が分かればそれでいい。


 それにしても、本当に残念だ。


「ウティレ、どうかしたの?」


 様子がおかしい事に気づいたのだろう。王妃が心配そうに尋ねて来る。


「ウティレは星空が見たかったそうですよ」


 ヨヴァンカが余計な事を言った。王妃が自分に申し訳なさそうな顔を向けて来る。


 これではなんだか駄々っ子みたいだ。確かに王宮魔術師の中では最年少だが、こういう扱いは何となく嫌だ。


「ごめんなさいね。最近の課題は『この世界にないものを幻術で出す練習』が主になってるから。星はこの世界にもあるでしょう?」


 確かにそうだ。それなら星空が出て来ないのも頷ける。


「そうとは限りませんよ」


 王妃の師匠がぽつりとつぶやいた。


「え?」

「世界が違いますからね。星座も違うでしょう。そうなると使う魔術式も変わってきますからね」


 それは盲点だった。


 もしかしたらいつか本当に星空が見れるかもしれない。


 ウティレの心に、また小さな希望が湧いて来たのだった。

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