心の眼を開け

おじゃが

心の眼を開け

「変わってないねぇ」

彼はその言葉で奈落ならくの底に突き落とされた。メガネを光らせするどい眼をした天野渚あまのなぎさは、彼にこう伝えた。

「あなた、全然 原稿げんこう直ってないけれど、小説が何のためにあるのかわかってるの?」

「…… 相手を楽しませるためです」

「それがわかっているならさぁ、主人公だけじゃなくてほかのキャラクタも魅力を分けてあげようよ。あなたの小説のキャラクターは魅力が足りない。あなたの小説がいい方向にいかないなら、山之内くんの小説は、学園祭の制作物に入れてあげないよ」

天野の言葉で、彼は我に返った。

彼の名は、山之内タケル。とある格調高い私立高校文芸部の1年生だ。

「前向きに直しを検討します」

「よろしい。ではまた1週間後ね」

天野は、目を細めて図書室を去っていった。




タケルは、物心ついた時から本に親しんでおり、毎年100冊以上は小説を読んできた。嬉しい時も悲しい時も文学とともに過ごし、高校に入学したら文芸部に入ると決めていた。

彼の通う高校は、運動部も強いが、文芸部もそこそこ知名度がある。10万冊の本が図書室に置いてあることもあり、昼休みのお弁当はそこで静かに食べる人もそこそこいる。

文芸部では、木曜日に週1回活動しており、週ごとに活動内容は異なる。



読書会にビブリオバトル、小説制作物は学園祭で販売…… 。期待して入学した。

その結果がこれだ。夏休みに入った今でも、良い評価を得られていない。

何がいけなかったんだろう。もし、夏目漱石が俺にアドバイスくれるなら、なんて言うのかな。宮沢賢治になら、どんな描写を盗めるのだろう。色々とおもいをせていた。


いや、待てよ。今回俺は同じ注意を受けている。思い出せ、俺。何か手がかりがあるのかもしれない。

タケルは同じ文芸部の同級生女子とのやり取りを思い出していた。


「山之内くんは、視野が狭いんだよね。自分の正義の押しつけがすごいというか」

「そうかな?」

「山之内くんは学園物語をよく書くよね。それなら、色々な人のいいところを知った方がいい小説が書けると思うよ」

「へぇー。アドバイスありがとう」

とても客観的で驚いた記憶がある。



自分の正義の押しつけか。

もし、そうだとしたら。

改善の見込みがあるなら。

大嫌いなあの人に会うしかない。

ちょっと帰り遅くなる、と母親に連絡し、タケルは家とは反対方向の電車に乗り込んだ。



「やぁ、よく来たな弟よ」

タケルが嫌々ながらやってきた場所は、郊外のアパート。彼の姉、山之内アヤノに会ってアイデアを得ようという計画を考えたのだ。

「姉さん、久しぶり」

「今ね、サンダースのライブ映像みてたんだー、友秀ともひでくんのキレッキレのダンスがかっこよくてさ、あー、ここいい。もう曲と相まって最高すぎる、それで……」

「……」



タケルはアヤノのこういうところが嫌いだった。相手が嫌がっていても自分の好きを押し通そうとするところが本当に嫌だった。

彼女の部屋はサンダースの推しグッズと推しカラーの紫で埋め尽くされているし。

「ねぇ、そんなことはいいから俺の小説見てよ。アドバイスちょうだい」

「えー、小説なんか興味無い。アンタって昔から本ばっか読んでるけど、楽しいの?私は推しがいるだけで満足してるんだから、アンタも読書だけで満足したら?」

アヤノの適当な返しに、彼は呆れる。

「姉さんのサンダースが好きなことも俺にとってはくだらないと思うよ?」

アヤノは髪を束ね、ため息を着いた後、真剣な眼差しで彼に交渉した。

「じゃあこうしよう、弟よ。お互いに興味無いものを好きならば、共にそれをプレゼンし合おうじゃないか」

「……!」

タケルは、驚きつつもその誘いに応じた。




「先行は私からね。私の推しは、昔からサンダースの秋野友秀くんと決まっている。まぁサンダースは全員好きだが、友秀くんのまっすぐなところときたら、もう一生ついていくと決めたわ」

アヤノの弾丸トークに対して興味なさげのタケル。

「どーせテレビでの演出だろ」

そういう彼に対して、

「そんなに言うならライブや録画したサンダースの特番見てみな。見方が変わるから」

そう言ってテレビのスイッチを入れる姉。


画面に映っていたのは、体当たりで体を張るサンダースのメンバーの姿。

スケートボードをやったり、激辛ラーメンに挑戦したり。なんと言っても特番番組のクイズで間違えたりしてもそれなりの良い返し方をしていたことには驚いた。

俺だったら固まってしまうかもしれない。

ライブではファンサもしっかり行っていた。



「さてタケちゃん。判定をどうぞ」

弟は、サンダース悪くないなと呟きながら

「及第点はくれてやる」

と微笑。そんな彼を見て

「素直じゃないな」

なんて言いながらアヤノはカラカラと笑った。




「お前もプレゼンやってみ?」

姉の誘いにタケルは首を横に振る。

「いや、やめとくよ。俺そこまで語彙力ないし」

「ふーん、じゃあ負けを認めるんだな?」

アヤノはニヤニヤしながらこちらに首を向ける。

「そういうことだ。出直してくる」

そう言って彼はアパートを出た。




俺の小説に足りないところ、それは幅広い視野だ。主人公を自分に重ね合わせて、偏った見方しかできない。タケルは、そんな自分を恥じた。彼は自分の小説を読み返しながら、学級委員長的な振り回される主人公の気持ちばかり書いていたことに気がついた。

ならば、こうしよう。



主人公は、生真面目で完璧主義な学級委員長の男の子なんだけど、学級委員長の女子が常識にとらわれず度胸があって、そんな彼女に振り回されながらも成長するストーリーだ。凸凹コンビとはいえ、前までなら主人公に肩入れしていたけれど、今回はヒロインにも見せ場を作ろう。

すべてのキャラクターに愛を注いでいる時間は、彼にとって時間を忘れるほど没頭できるものだった。




1週間後。

「えー、また違うストーリー読むのー?前のを直してきてって言ったじゃん」

天野は嫌そうな顔でこちらを見る。

「今回は全てのキャラに愛情を注いだので、騙されたと思って見ていただけると嬉しいです」

タケルのその返しに、天野はため息をつきながら

「今回だけだよ」

とノートを手に取った。




「うん、悪くない。今までで1番いい出来なんじゃないかな」

天野のその一言で、彼ははじめて姉に感謝をした。いや、姉ではなくサンダースに感謝をするべきなのだろうか?ただ、1つ分かることがある。

「山之内くん、こんなに成長するなんて、何か心境に変化があったの?」

そう天野が戸惑っていたので、タケルはドヤ顔で伝えた。



「心の眼を開いた……ってところですかね」


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心の眼を開け おじゃが @ojaga1006

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