#29「命拾いしたようです」
「――……さて、3日経った気分はどうかしら、朱鳥?」
あれから3日。例によって応接室に呼び出された俺は、八千代さんからそう問いかけられた。
「ああ、そうだな……思ったよりは悪くないよ」
俺は答えた。
クラスメイトの顔をウィ◯スミスも真っ青のフルスイングでビンタしたその後……俺はすぐさま職員室に呼び出された。
そして、その場で即停学処分ときたもんだ。
流石はお嬢様学校、対処が早い。
具体的な処分の内容は追って伝えられるとのことだったが……どうやら、3日の停学処分だけで許されたようだった。
「貴女ねぇ……あれだけ風紀を乱す行動は慎めと言ったのに……」
八千代さんはため息混じりにそう言った。
「私言ったわよね? 問題を起こしたら、即刻退学にしたって良いって」
「仕方ないだろ……我慢出来なかったんだよ……」
「ハハ、我慢出来なかった、か……」
俺の答えに、八千代さんは乾いた笑いを漏らす。
「……それにしても、3日の停学だけで良いなんて、随分と甘いじゃねえか」
てっきり俺は、もう少し停学が長引くか、もしくは退学も覚悟していたのだが……。
俺がそう問うと、八千代さんは肩をすくめた。
「別に私は退学処分にしても良かったんだけどね」
「じゃあ何で」
「……周防世莉歌って子がね、わざわざ職員室まで直談判に来たのよ。貴女の停学処分が不当だって」
「周防さんが……?」
「ええ」
八千代さんは頷く。
「……あの子の親はこの学校の理事だからね。そんなことをされると、流石に無視はできない訳」
そうか……。
確か親御さんは政治家だって話だったが……、この学校の経営にも関わっているのか。
「まぁ、何にせよ――」
八千代さんは俺の元へと近付き、肩をポンと叩いた。そしてニヤリと笑う。
「――命拾いしたわね、朱鳥」
◇◇◇
校舎を出ると、遠くの方から喧騒が聞こえた。
方角からして、おそらくテニスコートだろう。
授業はとっくに終わって、各部活動が練習に精を出している頃だ。ということは、今聞こえてくる声はテニス部のもの、ということになる。
そういえば、周防さんもテニス部だって言ってたっけ……。
この喧騒の中に、周防さんの声も混じっているのだろうか。
だが残念ながら俺は聖徳太子ではないので、それを聞き分けることはできない。
いや聞き分けられたところで、だからどうしたという話だが。
「……帰ろ」
今日の俺は、八千代さんに呼び出されただけだ。他に用事はない。
周防さんに、俺を助けた真意を聞きたい気もしたが、敢えて部活中の彼女から聞き出すことでもないだろう。
俺はまっすぐ校門へと進み、帰路に就こうとする。
と――その時。
「「――あ」」
どちらからともなく、そんな間抜けな声が漏れる。
バッタリと出くわしたのは、あろうことか周防世莉歌だった。
「天王寺さん……どうしてここに……?」
周防さんもまさかこんなところで俺と会うとは思っていなかったのだろう。驚きの表情を浮かべていた。
まぁ、本来は欠席しているはずの人間だからな。驚くのも無理はない。
俺は彼女の問いに答える。
「私は……今後の処遇を聞きにね」
「……!? まさか、貴女……」
「いいえ、大丈夫。明日から登校しても良いって」
「そうですか……」
周防さんは安堵するように息を吐いた。
俺のためにそんな反応をする周防さんが、俺には何だか新鮮だった。
「周防さんの方こそ、どうしてこんなところに? 今の時間はテニス部にいるはずじゃ……?」
「あぁ……」
周防さんは、目を左右に泳がせた。
「……調子が出なかったから、早めに上がらせてもらいましたの」
「そっか……」
まぁ、周防さんも言わば当事者だからな。気にしてない訳ないか……。
「……」
「……」
「あのっ……」「あのさ……」
俺と周防さんの声が、ピッタリと重なる。
「なに? 周防さん」
「あ、いえ……天王寺さんから、お先に」
「ああ、うん。ええと……」
手を顎に当てて、ちょっとだけ考える。
……実のところ周防さんとは、遅かれ早かれ話し合わなきゃならない、そう思っていた。
俺は彼女に言った。
「このあと暇なら――ちょっとだけ付き合ってくれない?」
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