#30「一件落着のようです」
俺と周防さんは、2人で近くの公園まで来ていた。
俺たちの手には、それぞれコンビニで買ったカフェラテが握られていた。
「私……こうやって帰り道に何かを買うの、初めてですわ」
周防さんがどこかソワソワしながら言った。
そりゃ確かに、側から見れば、決してお行儀の良い行為ではない。
でも……。
「たまにはこんなことをしてみるのも、悪くないでしょ?」
「天王寺さんは、すいぶん慣れてますのね」
「そりゃ、この学校に来る前はしょっちゅう買い食いとかしてたから」
「え? イギリスにはこういう文化があるんですか?」
「あ……」
……そういえば、俺ってイギリスからの帰国子女だっていう設定だったっけ。
「あはは……まぁね……」
「へぇ、そうなんですの」
俺が曖昧に頷くと、周防さんは特に気にする素振りもなくカフェラテを啜り始めた。
……なんとか誤魔化せたらしい。
だから言ったんだ。
そんな設定を演じ切る自信なんかないと。
でも……だからといってこんなしょうもない理由で正体がバレるのは、いくら何でもダサ過ぎる。
今後はもっと発言には気を付けた方がいいかも知れないな、と俺は思った。
俺と周防さんは、手近な木製のベンチに腰掛ける。
ベンチはだいぶ年季が入っているようで、体重をかける度にキシキシと音がした。
「……周防さんが掛け合ってくれたんでしょ? 私が早く復帰できるように」
俺は、周防さんにそう尋ねていた。
周防さんは、ゆっくりと頷いた。
先ほど、八千代さんの口から聞いた言葉を思い出す。
――周防さんが俺の停学に抗議してくれたとのことだったが……。
俺には俄に信じられなかった。
俺と周防さんはこれまで数回にわたって張り合ってきた。とてもじゃないが、仲が良かったとは言えない。
それなのに、なぜ周防さんは俺なんかを――。
「なんで周防さんは……私を助けてくれたの?」
俺がそう問うと、周防さんは迷うことなくこう言った。
「……もし逆の立場だったら、天王寺さんもそうしていたのではなくて?」
「え……?」
「では、私からもお聞きしますが……天王寺さんは、なぜあんな行動を取ったのですか? 私がどうなろうと、貴女にとっては関係のないことなのに」
「それは……」
周防さんが俺と同じ仕打ちを受けているのを見て、全ての合点がいったのだ。
真犯人は周防さんじゃない。
そもそも考えてみれば、俺とほぼ同じ時間に登校していた周防さんに、あんなことをする時間的余裕は無かった。
つまり、全てあの女子が勝手にやっていたことだったのだ。
そして……俺が勝負に勝って立場が逆転したことで、今度は周防さんにターゲットを切り替えた。
散々俺で遊んでおいて、そんなに簡単に周防さんに狙いを変えるなんて。
その腐った根性が、気に入らなかった――。
――いや、そうじゃない。
色々理屈をこねくり回したが、結局は……もっと単純な話だ。
「……周防さんが泣きそうだったから」
周防さんはあの時。
涙こそ出ていなかったものの。
今にも泣き出しそうな顔をしていた。
たとえそれが、どんなにいがみ合った相手だとしても。
俺は我慢できなかったのだ。
誰かが悲しんでいるところを見るのが。
その答えを聞いて周防さんはしばらくポカンとしていたが……やがて心底おかしそうに笑う。
「ふふ、天王寺さん……貴女は馬鹿ですわ……!」
「な、なによぅ」
「それだけの理由で、誰かのために体を張るなんて……本当に……貴女は馬鹿ですわ……」
「悪かったわね、馬鹿で……」
「でも、そんな貴女のまっすぐなところ……私は好きですわ」
そう言って、周防さんは俺に優しく微笑む。
……なんだ。
周防さんもそういう顔ができるのか。
結構可愛いじゃん。
こうして見ると周防さんも、少し意地っ張りで負けず嫌いなだけで……普通の女の子なんだな。
――と。
その時俺は気付く。
周防さんって実は……俺と似ているんじゃないか?
誰かに認められたくて、素直になれずにいる。
そう思ったら、急に親近感が湧いてきた。
「あーあ。こんなことなら、天王寺さんに勝負なんて挑まなければ良かったですわ」
「そう? 意外と私は楽しかったけど」
「それは、貴女が勝ったからでしょう? 私は、はらわたが煮え繰り返るくらい悔しかったんですから」
「ははは、それはゴメン」
周防さんと寄り道をして、くだらない話をして……それは一見、何でもないようなやりとりだけど、俺たちにとって大きな進歩であることは間違いなかった。
最初はどうなることかと思ったけど……。
取り敢えずは、一件落着かな。
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